真実の言葉、偽りの言葉
反発する人に限って、ハートで感じて確かめる、ということができない人なんですよね。でも、自分は感じている、と言い張ります。それは、私から見ると
反発する人に限って、ハートで感じて確かめる、ということができない人なんですよね。でも、自分は感じている、と言い張ります。それは、私から見ると
セッションを受けようとする方は、現実の自身の状況を何とか良くしたいと思って申し込みされると思うのですが、それがすべて、自分の人生の責任を本当
自分の思う通りのものに固執して、思う通りのものでないと頑なに拒絶する人は、エネルギーを読んでいくと、あちこちにボコボコとしたしこりのようなエ
今日は何人の人に微笑むことができただろう?って数えながら、過ごしていたら、この殺伐とした世界に対する大きな貢献をしたと言えるのではないでしょ
最近、感情解放のセッションやってて、私が一番大事に見ているところは、その人がその人自身の命の導きにちゃんとつながれてるかどうか、というところ
自分を偽っている状態では、魂の導きや自身の真のパワーには触れられません。蓋をしてバランスをとって強くなるやり方はものすごく脆いし、その状態で
その声がかきたてるのは常に、不平等感、理不尽さ、不当な感じ、不信、不和、嫉妬、憎しみ、孤独と分離です。悪魔は非常に巧妙な話術でその人を周囲か
人生から退避してしまっている人は、それまで受け止めることをしなかった諸々の構造的な心の負債を抱えているので、そういうものは一遍には解消できま
見たくないものが見えないケースにはパターンがあって、根本には、自分の非を絶対に認めたくないという思いがあります。認めてしまったら、自分が保っ
普通に考えたら被害者になることは苦しみを背負うことでもありますから、避けたい状況のはずです。でも、本人の顕在意識とは別に、自らそういう状況を