恐れにより奪う在り方から惜しみなく与える愛へ
与えるのは、有り余るほど持っているから与えるのではなく、与えるから無限にあふれてくるのだという、既に頭では知っていることを、自分で体現して証
偽りの自分を脱ぎ捨てて、本当の「私」に帰る場所
与えるのは、有り余るほど持っているから与えるのではなく、与えるから無限にあふれてくるのだという、既に頭では知っていることを、自分で体現して証
一見良くないことと思われた出来事も、祝福されるべき大きな変容の重要なピースだったりして、後でその真意がはっきりと理解されるということもよくあ
けれど、時間は絶え間なく未来から流れ続けます。決して終わることはありません。それは永遠に流れていく宇宙の摂理です。どうしてその流れに私たちが
私たちの社会では、目標設定とその達成がとても重要視されます。目標を設定したら達成までのあらゆる瞬間は、達成のために費やされる二次的なものとさ
「このままじゃいけない自分」が、「このままでall OK」な自分だとするなら、どんな風に世界は変わるでしょうか。このままの自分で在ることの結
「悪い人」だったり「無責任な人」だったりしたときに、私は何とも落ち着かない気持ちになります。この状態から相手にしてあげる行為は、その人のため
自分に向き合う作業を誠実に、着実にやって行けば、自然と直感は鋭くなっていきます。それは何も特別なことなのではなく、それこそが本来の私たちの自
臭いものにはフタ、面倒なものはできるだけ触れずに素通りするのでは、決して得られない深い気づきと恩寵があります。ただ願いが叶えばいいというそれ
「神が憎い、神が憎い」と憎しみを浮上させ続けるにしたがって、叶えられなかった願いと、その痛みが浮上してきます。これが神への不信につながってい
レナードに、私が「神は私を見捨てる」と訴えたとき、彼はそれを否定することなくいともあっさりと「その通りだ」と答えました。そのことで私はさらな