サロンでは転職や恋愛、家族のことなど、
日々色々なご相談をお受けするのですが、
人生の重要な決断をするとき、
やはり様々な葛藤がありますね。
右に行くか左に行くか、
どちらを選ぶにしても、
割り切れないものがあるということも
あるでしょう。
条件を比べる視点からは結論が出ないから
相談をされるわけですが、こういうときは、
自分の在り方を今一度問うてみる必要が
あります。
色々な方のケースがあるので一概には
言えないのですが、参考にできるケースも
あるでしょうから、思うことを書いてみます。
条件を比べて結論が出ない選択の場合は
今の在り方から選択をするならば、
多分、進むにせよ引くにせよ、いずれにせよ
後悔するだろうと思います。
進んでも、それが自分の思うように
ならなければ、あぁ進まなければよかった。
引いていれば今頃こんな思いをせずに
済んだだろうに、と思うでしょうし、
引いたとしても、あぁ進めばよかった、
進んでいれば、今頃はこうではなかった
と後悔するのです。
それは選択が間違っていたとかではなくて、
「自分の在り方が選択を間違ったものに
してしまっている」
ということなのだろうと思います。
つまり、「自分の選択の結果を引き受ける
覚悟がない」ということなのです。
選択の結果が正解になるか否かは、
「何を選択するか」によってではなく、
「結果を引き受けているかどうか」
によって決まると私は考えます。
自分が望む結果以外は受け取れない
というのであれば、たとえ望んだ結果を
得たとしても、いずれどこかの時点で
失敗したと思うことは必ずある
だろうと思います。
けれど、どんな結果であろうと、
自分の選択の結果は引き受ける、と
肚を決めて受けり、それをしかと
生きるなら、その選択は決して
「失敗」にはならないでしょう。
自分の選択の結果に責任を持とうとしない
人は、極端に言えば、自分の幸福は
周りの環境次第なのだと考えている節が
あるような気がします。
ものすごくざっくり言えば、
環境によって自分が左右される
という考えなので、
ここがダメなら他に行かなければいけない。
他に行けば、もっと良くなるだろう
と思っているのです。
確かにそういう面もなくはないのですが、
こういう発想が強い方は、自分から
働きかける視点がほとんどありません。
環境が自分に何をしてくれるか、それは
自分にとって損か得かと考えるばかりで、
自分が環境に何ができるか、どうすれば
この環境をもっと良くできるか、
と考える視点が弱いのです。
つまり、発信力、アプローチする力、
創造力ですね。
だから、与えられた条件からしか
見ることができないのです。
けれど、自分の現実を創造していくことを
知っている方は、見えている条件の先を
見るでしょう。
そして、どれだけこの条件をもっと
豊かにしていくことができるだろうか、
という視点から現実を見、行動していきます。
与えられた枠組みの中にどれだけ自分が
収まるか、と考えるのではなく、
自分がその枠組みをいかに生かせるか
という可能性を見ているわけですね。
こういう視点から選択をするのと、
右に行ったら自分の思うとおりに行くか、
それとも左か、と葛藤するのとでは、
同じ選択をするのでも、
ものすごく大きな違いがあると思います。
自身の創造力の捉え方をもっと柔軟にして、
もっと大きく使ってほしいな、
と思うのです。
自身の創造力を大きく使っていくには、
自分の心と体と魂が分離しないで、
しっかりとつながっていることが
重要です。
そうでないと、空回りしますからね。
内なる声を受け取るスペースが自分の中に
ちゃんとあって、それに適切に応えて
行動していけるような流れができている
必要があるからです。
創造力は、自身の奥深いところから
現れてくるエネルギーです。
頭でっかちで外から植え込んだ価値観など
で頭がいっぱいになっていると、
内なる声を聞けなくなります。
また、そういう人は往々にして
自分自身に対する信頼がありません。
だから、内側からやって来るものよりも
外側のものを採用するわけですね。
なぜ自分を信頼できないのか。
これも、根本を一言で言ってしまえば、
「逃げているから」です。
何から逃げているのか、
それは人それぞれですが、
受け止めがたい何かから目をそらし、
蓋をし、切り捨てているから
そんな自分をどうやっても
信頼できないのです。
こういう自身の深いところの
在り方が、表面的には選択で葛藤する
場面に表れてきたりするわけです。
とても構造的なものなんですね。
逃げていることに対してしかと向き合い、
責任を引き受けたとき、自身の内から
パワーが湧き出て、なすべきことが
自ずからわかってきます。
創造力は、その在り方から
生まれてくるものなのです。