エネルギーワークを学んだはいいけれど
うまく使いこなせないという方に多いのは、
エネルギーの感覚がうまく捉えられない
というパターンかな、と思います。
アチューメントを受けたけれど、
自分で体感が全くないので
本当に使えているのかさっぱりわからない
となれば、使っていこうとする
モチベーション自体がなかなか
維持できないですよね。
エネルギーの感覚が捉えられないのには
様々な要因があり、一概には言えないのですが、
おおよそ以下の様なパターンがあります。
・スピリチュアルな感覚が開いてしまったら
変なものも見えてしまいそうで恐い
と思っているので無意識に閉ざしている。
・実は感じているけれど、その感覚がそれだと
認識できていない。認識のすれ違い。
・自分にはできないと思い込んでいるので
てきているのに認めようとしない。
・幼い頃はスピリチュアルな感覚が
人並み以上にあったのに、人に否定され、
いけないことなんだと思って閉ざした。
・今生か別の人生の記憶で、
スピリチュアルな能力を使って辛い目に遭ったので
それを使うことを無意識に拒否している。
・本当は人並み以上に能力があるけれど、
人生のプログラムとしてある段階に
達するまでは閉ざしておくように
封印されている。(自分を守るため)
これらの要因が複数絡み合って
うまく感覚を開けないでいるケースが
結構あるかな、と思うのですが、
一つ一つの要因を丁寧に読み解いて
対処して行けば、そこそこある程度は
使えるようになっていきます。
そこから先は、自分自身の在り方の問題
になってきて、どれだけ自分を信頼し、
この世界に地に足を着けて
力を発揮していくか、というところの
様々な探求が待っています。
自分軸がブレブレの人は、
やはりエネルギーを使っていくのにも
かなりその影響は出ますね。
同じエネルギーを伝授されても、
使う人によってエネルギーが全然違って
感じられるのは、使う人自身の要因によります。
自分の使うエネルギーがどの程度のものなのかは、
その人自身が自分に向き合ってきた密度、内容に
明確に相関があると私は思っていますが、
どんなに潜在的な才能や資質があったとしても、
それをあるレベル以上に使いこなしていくには、
どんな人でも、それなりにクリアして
行かなければいけないものがあります。
たとえば、
別の人生(いわゆる過去世と呼ばれるもの)で
相当に能力を使っていた人は、
人並み以上に良いカルマもある一方で、
負のカルマもあるケースが多く、
今生でそれを再び使おうとしたときに、
力を使いながら、負のカルマの解消のための
様々な体験を通過していくことがあります。
それが解消されるまでは、
結構辛い思いをすることも多いと思いますが、
ある程度解消されてくると、今度は
能力を本当に生かしていく道が
開けてきて、楽しくなってくるんですね。
そうなってからが、本当に
力を使うことの喜びに満たされて、
人生を生きることも楽しくなってきます。
スピリチュアルな道で活躍したい!
と潜在的にも思う方は結構いらっしゃると
思うのですが、この段階でつまづいている方も
少なくないんじゃないかな、と思います。
どんな能力でもそうだと思いますが、
影響力のある力を使うには、
それなりの学びがついて回ります。
力に飲み込まれずに、
適切に使いこなしていく学びですね。
そのベースになるのが、
やはり自分自身にしっかりグラウンディング
出来ている状態なんですね。
テクニックなんかは、後からいくらでも
つけることができますが、ここを
すっ飛ばすと様々なトラップに引っかかって
痛い目を見ることがあるので
絶対に横着しないように。
健全な自尊心を持てる自分で在ること、
どんな状況でも逃げずに適切に応答できる
胆力を養うこと、
心の隙を引っかけていくダークサイドを
見破ること、
適切に境界線を引けること、
自身の闇をマスターすること、
などなど、盛りだくさんの学びがありますね。
自分がどこまでのレベルを目指すのかは
あるでしょうけれど、一生涯かけて
自分という存在に向き合い、学び、
磨き抜いていくという姿勢でいれば、
学びが停滞したように思えたときも、
自分の成長が楽しくて仕方がないときも、
そのいずれの人生の季節も味わい深く
得るものがあるのではないかな、
と思います。
どんな才能であれ、
それを本当に生かしていくには、
健全な人間性のベースが必須である
と私は思います。
力を汚したことの報いは、
必ず自分に戻ってきますからね。
自分に誇りを持てない在り方など
してはなりません。
欲に目がくらんで、
ダークサイドに魂を売ってしまわないように。
正しく、あなたの能力を開いて行きましょう。