政府が給付金を出し渋っている間に、
人々の暮らしもものすごい勢いで
変化しているのを日々実感しています。
生き残りをかけて、テイクアウトに
力を入れる飲食店がある一方、
長く続いた名店が店を閉めた話や、
どうにかして自分のできることを
見つけて新分野を開拓していく
会社の話など、
今まで安泰だった企業も決して
うかうかしていられる状況では
なくなっています。
そういう表に出てくる話の裏で、
見えないたくさんの人々の暮らしが
翻弄されています。
そんな世の中で、さて自分はこの先
どんな風に生きて行けるだろうかと
改めて自分の内なる情熱のありかを
見つめています。
この世界でまだやるべきことが
終わらないうちは、
まだ生きてるんだろうと思うので、
死ぬまではしっかり
自分の人生を全うできるよう、
自分の仕事や役割といったものを
はたせる自分で居たいな、と思います。
私の場合はモノを作り出すというよりは
その人自身の本来の姿を彫り上げていく、
引き出していくような仕事なので、
私の技術を求めてくださる方がある限り、
身一つでできるというのは強みではあります。
だからこそ、私は求められるような仕事を
しているだろうか、とこういうときには
つとに突きつけられます。
この時期、本当に情熱を注いで続けてきた
お仕事から泣く泣く離れなければいけない人が
どれだけいるだろうと思うと、
胸が痛くなりますが、
その人のこの世界における命の仕事が
まだあるのなら、その人はきっと生き延び、
いるべき場所に導かれるのだろうと思います。
じっと命が自分をどこに運ぶのか、
信頼とともに問いつつ、また深く深く
対話を続けていくことですね。
自分の頭ではどうにもならないことでも、
自分をこの世界に導いた同じ力が
人生を運んでくれます。
私自身もこの力によって今の仕事に導かれ、
多くのクライアントさんたちに出会わせて
いただきました。
この先も、この導きに耳を傾けながら
自分に正直に歩んでいたら、
まぁなるようになるんだろうな、
という思いがあるのでそう心配はしていません。
(今のところ。笑)
過去に執着せず、新たな波を受け入れ、
差し出された導きを受け取っていれば、
これまでの自分という型を軽やかに外して、
新たな世界で生き生きと輝きだす
人生のステージが始まると思っています。
だから、古い型に執着せず、
しっかりと目の前の現実を受け止めながら
丁寧に自分の内側で起こっていることと
対話していくのみ。
外側にばかり意識が向いていると、
自分がおろそかになって
自分を見失ってしまいます。
自分の軸ということがよく言われますが、
それは自分の内に在るもので、
外に在るものではありませんよね?
自分の内側も嵐で自分自身を支えられない
と思う人は、感情のエネルギーに
飲み込まれている状態なので、
今自分は不安や焦りなど、感情のエネルギーに
どっぷり飲み込まれてしまっている状態
なのだとまず認識することが大切です。
そのうえで、その感情を消そうとか
なくそうとするのではなく、
この心と体でちゃんと感じてあげること。
決して心地よくはないけれど、
ちゃんと生き切ってあげれば、
その不安も焦りも、後腐れなく
去っていきます。
感情に飲み込まれているときは、
現実がどうしようもなく手に負えないもの、
絶望的なものに思えたりしますが、
感情のエネルギーのフィルターが
外れた状態で向き合えば、
それほど絶望的には感じられなく
なったりします。
「絶望的な現実」というものがある
のではなく、ただあるがままの状況
があって、そこに私たちは様々な
感情のフィルターをかけることで、
それぞれの現実を体験するのです。
自分がどんなフィルターをかけて
この世界を体験しているか、
それに気づいて、
起こっている状況と
自身の内で湧き起こっている感情を
別に見る感覚が身につくと、
自分自身の重苦しい感情に
押しつぶされることなく、
落ち着いて為すべきことを
為すことができるようになります。
こういう時にこそ、
感情解放ワークが生きてきますね。
外側で起こっていることと
内側で起こっていることは別であり、
これらを重ねて見たものが
私たちが普段体験している
自身の現実です。
外側の状況に振り回されている
と感じるときは、まず自分の内側に
対処するのがワークの鉄則です。
自身の内に、深く根を張るというのは
まさにそういうことなんですね。
外が厳しい時こそ、
人の心もぐっと内に根を伸ばすものです。
嵐が去ったあと、豊かに枝を張り
花を咲かせ、実をつけるためにも、
たくましく根を張って行きましょう。