そろそろ完結できるかな?
つづきです。
精進落としの会場で親族とも別れ、
兄弟三人は自宅に向かいます。
一番下の弟は遠方から
小さな子供を連れてきているので、
近くのホテルに泊まっていましたが、
帰る前にみんなで集まって、
店に最後の暖簾をかけて
写真を撮ろうと誘いました。
普通の会社員の家庭とは違って、
私たちの感覚では、家=店なんですね。
母にとって店が命だったように、
私たちにとっても、この店は
自分たちのアイデンティティの中で
大きな存在感を持っています。
もう二度と暖簾をかけることは
ないので、最後の姿を笑顔で
残しておきたかったのです。
明治の頃に初代が始めたこの店も、
もう終わりなのだな、と思うと
色々感じるところがありました。
始まったものは必ず終わりを迎えるのは
この世の理(ことわり)ですから、
受け入れるしかありません。
兄弟は皆別々の仕事をしているし、
商売をやるのに向いている人間は
誰もこの家に生まれなかったので、
これもずっと前からわかっていたこと
ではあります。
ただ、その日がこのときに訪れただけで、
これは新しい次の何かの始まりなのです。
淋しさはあるけれど、
無理やり長らえていたものが終わって、
やっと次を始められるという感覚も、
どこかにありました。
ものごとは、悪い面だけでは無くて、
必ずそこには良い面もあります。
そういう意味では、
希望もまた、感じてはいたのです。
喪服から着替えて
店の前に兄弟3人と下の弟の
奥さんとまだ小さな子供たちが並んで、
近所の方に撮ってもらいました。
みんな、いい顔で映っていました。
良い記念写真が撮れて良かったです。
その後、今後のことについて
簡単に兄弟でミーティングをして、
当面のやることについて
確認しました。
生命保険や商売上の組合関係、
法人会、取引先関係、
母は民生委員もやっていたので、
その関係のこと、年金、健康保険、
後期高齢者医療保険などなど
やることが盛りだくさんでした。
下の弟は物理的に遠方なので、
上の弟とともに手分けしてこれらの
処理をしていくことになります。
こういうとき、兄弟そこそこ
仲も悪くはなく、いざとなると
協力体制がしっかりとれるのが
本当にありがたかったです。
葬儀以降も、
上の弟は仕事の関係でも融通が利くので
毎日来て、私の生存確認と、
あれこれ動いてくれるのが
とても頼もしいです。
一人だったらどうにもならなかったですね。
契約や取引関係で、
知らない人もいると思うので
書いておくと、
銀行など金融機関の関係は、
その人が亡くなったという情報が
行った途端に本人名義の口座は
凍結されるので、注意してください。
以前父が亡くなった時も、
その日の内に私は父の口座から
預金を下ろしてきました。
下ろすときは、まだ知られていない
だろうかとドキドキしながら
下ろしてきたのを覚えています。
この時は多分暗証番号を知っていたから
できたのですが、母の時は母の口座の
暗証番号を知らなかったので、
そのままにしてあります。
この口座に紐づいているカード類も、
引き落としはできなくなるので、
事前にわかるのなら、支払先に
連絡を入れた方が良いと思います。
まぁ、いずれにせよ引き落とせなかったら
書面か何かで後日連絡は来ると思いますが。
いったん凍結された口座は、
どんなに少額でも、相続人全員の
証明書類やらハンコがないと
凍結解除はできなくなります。
今は法定相続情報証明制度というのがあって、
必要書類をそろえて登記所に提出すると、
法定相続情報一覧図というのを発行
してもらえるそうで、
これがあると、各種相続手続きで
戸除籍謄本の束を何度も出し直す必要が
なくなるそうです。
昨日はそのために必要な書類を取りに
役所に行ったのですが、母の戸籍が
消される処理に時間がかかるらしく、
今は2~3週間経たないと反映されない
ということでした。
そんなにかかるものなんだ、と
驚きましたが、取り敢えずまだ書類が
そろわないので、今は銀行関係は
保留してます。
今はこんな感じで
厖大な残務処理に追われていますが、
しばらくはこんな感じで、
まだまだ通常運転には程遠いですね。
と、現状報告でした。