魂に刻まれた別の人生で負った
肉体的な傷が、今生に影響を与えることが
あるだろうか?というと、
必ずあるとは言えないけれど、
あるケースもある、と思います。
その傷を負ったときに、
強い感情を抱いて、それが肉体的な傷
とともに、エネルギーボディやDNAに
刻まれるケースですね。
その情報を持ち越して、
今生の肉体に再生しているとか、
肉体レベルでは異常はないけれど、
何となくその部分を使うのが苦手とか、
動かしにくいということも
あると思います。
また、人生のある時期に、
過去世で傷を負ったのと全く同じ場所を
ケガするとか失うとか言うケースも。
エネルギーレベルの刻印なら、
その情報が癒され、書き換われば
その部分も自在に使えるようになる
でしょうし、肉体レベルでも
多かれ少なかれ、変化はあるだろうと
思います。
ワークでフォーカスすべきは、
その部分に刻印された、
強い感情のエネルギーです。
これがいわゆる、カルマ
と言えるでしょう。
私自身、どうしてもうまく使えないところ
があって、その部分の感覚自体が
霞を掴むように、なかなか掴めない。
どうしてなんだろうと意識を向けてみると、
強い失望と悲しみ、無力感とさみしさの
入り混じった感情とともに、自ら
その部分に刃を突き立てている人生が
出てきました。
なるほど、と思ったのは、
その部分を使おうと四苦八苦しているときに
浮上してくる感情や、周囲の状況が
かつての時代ほどではありませんが、
そっくりなんですね。
こうやって、カルマは解消されるまで、
繰り返し同じ体験をするのでした。
つまり、今体験している
その気持ち、その状況を昇華させるために
それは起こっているわけです。
少し冷静になってみれば、
その私の体験自体は私の頭の中の
妄想で解釈し、妄想に反応して
浮上している感情ばかりです。
事実だけを見るならば、
これほど気落ちするようなこと
ではないはずなのに、
感情はそれ以上に、過去の荒れ狂い、
どうにもならなかった思いや気持ちが
わんさか噴き出しているのです。
重たい無力感に飲み込まれぬよう、
そのエネルギーを体で受け止め、
深く命の呼吸をしていくと、
少し落ち着いてきました。
こういうところは、
「気持ちを切り替える」とかでは
完了せず、また時を移して
浮上してくることになるので、
しっかり押さえたいところです。
出来事と言うのは一つの原因だけで
その結論に至るわけではなくて、
いくつもの伏線を重ねながら、
ある結末に向かって流れて行きます。
だから、もし悲劇が起こったのなら、
その悲劇に至るまでのいくつかの伏線を
変えてしまえば、悲劇は回避できます。
変えるには、これもまた、
伏線にまつわる未完了の感情を
統合するということをします。
たとえば、寂しさ、無力感、恨み、
憎しみ、怒りなどから闇落ちした場合、
それらの感情をしっかり受け止め、
統合すれば、その人はもう、
魔の囁きに乗ることはないでしょう。
人生には、分岐点のようなポイントが
いくつもあって、そのどこかに
働きかけることで、行先を
天国にも地獄にも転換できるのです。
悲劇に至った種は、
このようにして回収できます。
こうして結果が変わると、
その人の過去と未来がパラレルシフトを
起こします。
つまり、もうその人は悲劇の過去を
持っていない人になり、当然
辿るべき未来も別の未来になるのです。
人生は、案外固定されたものではないし、
コツさえ掴めば、簡単に変わってしまうもの
だったりするんですね。
そのために大切なのは、
ここぞというときにしっかり踏み留まり、
向き合うことのできる心の力
だと言えましょう。