人生で苦しい状況に陥った時、
大抵の人は問題と見えるものを
何とかしようと躍起になるものですが、
そこにフォーカスするほどに
ドツボにはまり、迷子になって行く
ということがよくあります。
確かに、具体的に何かすることで
その状況を切り抜けられる
ということはあるので、
それが正しくない
というわけではありません。
ただ、そうやって
問題と見えることはひとまず去った
と思えても、また心を重くするような
別の出来事が人を変え、時を変え、
状況を変えてやってきたりします。
そうなると、どこかで
あぁ、また来た、同じようなことを
繰り返しているな、と気づくのですが、
根本的に何をどうすれば良いのか、
また同じような対処をしても
ダメだろうとわかっていても、
なかなかそのレベルでしか
解決法を見つけられないのです。
こういう時は、
人生から差し出されている、
もっと本質的なメッセージに
心を澄ませる必要があるのです。
切羽詰まった状況で
大抵の人が求めるのは
どのボタンを押したらいいのか、
次の角でまっすぐ行ったら良いのか、
曲がるのか、引き返すのか、
やって来た船に乗ったらいいのか
やり過ごしたらいいのか、など
次に自分はどうしたらいいのか、
具体的な指示が欲しいのです。
でも、その答えをもし与えられて
その通りにしたとしても、
自分がなぜそのような状況に陥ったのか
がわかっていなければ、
また次にどうすればいいのかという
指示を求めてくるでしょう。
問題は、次の指示は何か、
どうしたら「正しい」指示を得られるのか
ということではないのです。
繰り返しているものごとを
体験するたびに浮上する、
共通の感情に意識を向けてみましょう。
理不尽さ、悲しみ、怒り、失望感、孤独など、
あぁ、またここに戻ってくるんだな、
もう自分は、ずっとこんな感じで、
ここから出られないのだろう。
そんな風に感じて、
私はもうダメなんでしょうか?
幸せになれないんでしょうか?
と聞いて来られる方も、
多々あります。
でも、そうじゃないんですね。
何をやっても戻ってくる、
その気持ちこそがカギなのです。
多分、今までそれらを何とか
人生から消し去るため、
感じないようにするために、
ありとあらゆることを
されてきただろうと思います。
ただ一つのことを除いては。
それらの辛く苦しい感情に向き直って、
抑圧せず、切り捨てず、溺れずに
受け止め、対峙すること。
それができると、
これまでずっと飲み込まれ、
溺れ続けてきたこれらの感情のエネルギーは、
す~っと落ち着いてきて、段々と
悩まされることはなくなっていきます。
心の奥にわだかまっていたこれらの感情が
統合されてくると、それまで選択肢に無かった
行動が自然に取れるようになったり、
別の可能性の扉が開いてきたりします。
今までだったら絶対に言えなかったような
言葉が自然に言えていたり、
できなかったことができている自分に
ふと気づく。そんな感じです。
あなたが放っているエネルギーも変わるので、
特に自分が変化を意識していなくても、
周囲の受け取り方、感じ方、態度が
変わってくるということもあります。
そんな風にして、
当初問題と見えていたことは、
何か奇跡的なことが起こって一気に解決する
と言うことも無くはないですが、
大抵は、気づいたら何とな~く
全てがうまく流れて行って、
問題でなくなっていたという風に
無理なく自然に変化しているのです。
だから、人生で何かの問題が
自分を苦しめる時というのは、
今まで最も逃げてきたものに
しっかり対峙すると、
無限ループを越えて行く
世界線のシフトが起こります。
派手な奇跡も良いけれど、
地味~な奇跡も、奇跡は奇跡。
私たちはいつでも奇跡を起こす
ことが出来るのです。