人生山あり谷あり、
日々色々なことがありますが、
理想とは程遠い自分だったとしても、
この自分を見捨てず、離れず、
受け止めて生きることは大事です。
昨日は無料遠隔ヒーリングの実施日でしたので
ご参加のみなさんにエネルギーをかけて
いったのですが、ふと気になったのが、
自分自身から離れた状態で
アクセルをふかしているので
空回りになっていたり、
アクセルはふかしていないけれど、
彷徨っている方など
いらっしゃいました。
どちらも、今の自分自身を否定し、
受け入れられていないので、
グラウンディングができていない状態です。
頭では、自分を受け止めることが大事だと
わかっていらっしゃる方もあると思いますが、
わかっていても、こんな自分じゃ駄目だ!
何とかしなくては!とやっていたら、
やっぱり自己否定で今この瞬間の自分には
グラウンディングできなくなります。
理想とは程遠い自分を受け入れる
というのは、諦めでも妥協でもないし、
嫌で嫌で仕方がないのをぐっと堪えて
無理やり納得させることでもありません。
まず認め難い現実を
しっかりと直視するのが第一です。
自己否定に走る方は、
往々にしてこの段階が抜けたまま、
この自分ではない違う自分になろう
としているんですね。
これだと、
始めるべき自分を見失っているので、
いつまで経ってもスタート地点に
立てません。
認め難い自分を認めるのは、
すごく辛いことだけれども、
それなくして、どんなきれいごとの
スローガンを掲げても、
無駄なことです。
見ないことにして抹殺した自分は、
いないことになっているので、
改善しようにも無い者を
変えることはできないのです。
だから、直面しなくてはなりません。
その自分を認め、まず生きなければ、
何も始まらないのです。
その苦しさ、悲しみ、屈辱感、怒り、
虚しさ、無力感、無価値観、淋しさなど、
その自分を生きることで味わう、
ありとあらゆる感情に触れ、
生きるのです。
そうして初めて、当事者として
その自分を変えていくことができます。
それまで、どんなに変えようとしても
変わらなかったのは、自分を生きて
いなかったから、かもしれませんね。
自分を変えていく権限は、
自分を生きる主体者のみに与えられます。
他人の人生を生きていたり、
自分の人生を放棄している者には
実効ある権限はないのです。
自分の人生になかなか
グラウンディングできない人は、
ただ、何かしらのトラウマがあって
自分に戻るのが恐いというだけではなく、
どうしても自分を許せない
何かしらの理由があるだろうと思います。
別の表現をするならば、
自分を罰しているのです。
こんな自分がいていいはずがないとか、
許されるはずがない、許されること自体
耐え難いなど、
平穏に生きたり幸せになってしまっては
いけないというか、そうなっては
とても落ち着かないのです。
自分を罰する、責めるというのは、
これまで何度も書いてきましたが、
逃避でしかありません。
どれだけそれをしていても、
償いにはならないのです。
そのような結果になってしまった
原因をしっかり直視し、改め、
向き合わない限り、
自分を許すことも、
誰かに許されることも
叶わないでしょう。
いずれにせよ、
自分自身を受け入れられない人は、
どこかで何かから逃げています。
そう言われて、
すぐに腑に落ちる人もあるでしょうし、
そうでない方もあるかもしれませんが、
自分が何から逃げているのか。
よくよく向き合うことです。