私のお伝えしている
感情解放ワークでは、
「鏡の法則」をよく使います。
言葉だけなら知っている方は多いですが、
正しく理解し、使えている方は
あまりいらっしゃらない印象です。
「鏡」を使うことは、
人の振り見て我が振り直せ
というレベルの話ではありません。
本当に気付いたならば、
あぁこれが自分なんだ、直そう
と思う間もなく、変わってしまうのです。
抗ったり疑ったりする余地もなく、
まさにあれが自分だとわかる。
わかるから、もうそのようには
できなくなってしまうのです。
多くの人は、
自分が反応したその要素が
自分にあるのだろうということは
頭では理解されます。
けれど、マインドレベルの理解だと、
そういう一瞬で変容のスパークが
起こるような気付きは起こりません。
本当に気付くことと解釈では、
本質的に全く違うことだから。
真っすぐに、嘘誤魔化しなく
見ることができたなら、
見えてしまうのです。
ただ、抵抗が大きいと、
無意識にも見えてしまわないように、
微妙に目をそらしたり、
ガードしたりして結局
気付きに至らないようにしてしまいます。
様々な人間関係の中で
本当に「鏡」を使いこなすことが
できたなら、
そんなにもこじれ、苦悩せずに
軌道修正し、もっと早く在るべき姿に
至れるのに、とよく思います。
けれど、「鏡」を正面からのぞき込むのも、
これはこれでなかなかに勇気が要ったり、
苦しさを感じることもあるものです。
人生で最も軽蔑し、憎むべき相手に
対峙するだけでも相当にエネルギーを
要します。
なぜあれが自分なのか、もし自分に
あんな要素があるのだとしたら、
耐えられないとすら思うかもしれません。
だからこそ、その気持ちを超えて、
見るべきものがそこに在るのなら見よう、
というニュートラルな姿勢がないと、
見えないのです。
人には、見たいものを見たいようにしか
見ない弱さがあるから。
それでも見よう、と思えた勇者には、
次の段階の学びがあります。
「鏡」の使い方、見方をマスターする学びです。
ワークでは、表面に見えている
相手の言動などを見るわけではありません。
そこではなくて、
相手がそのような言動をした動機を
見ていきます。
たとえば、
あなたのお母さんは幼いころ、
あなたの話を聞いてくれず、
否定の言葉ばかりを言ってきた
とします。
そんなお母さんを見て、
なぜそのような態度をとっていたのか、
想像してみましょう。
とても忙しくていっぱいいっぱいで
イライラしていたとか、
わがままな子に育ててはいけない、
そうなったら自分が恥をかく
と思って自分の価値観からくる
理想をあなたに押し付けてきたとか、
あなたの中の何かの要素が大嫌いで
徹底的にそれを責め立ててきたとか。
人それぞれ、様々な理由が
あるはずです。
実際に本人がどうかというのは
ここでは問いません。
あなたが、どう想像したかが
大事なのです。
お母さんがあなたに取ったその態度、
その眼差しこそが、あなたが
あなた自身に向けて取った態度、
眼差しに重なるのです。
そして、お母さんにそのようにされて
あなたが感じた怒りや悲しみ、絶望、
淋しさなどが、
あなたの内側の気持ちのカケラ君が
感じている気持ちに重なります。
さらに、あなたがお母さんに
本当はこうだったらいいのに、
と願ったその願いが、
気持ちのカケラ君があなたに
望んでいる願いなのです。
あなたが自分自身と和解し、
軌道修正するカギが、
このビジョンにあります。
つまり、
あなたがかつてお母さんに
してほしかったように、
自分自身に接してあげることで、
あなたの内面の分離が癒され、
あらゆるレベルで、調和への
軌道修正がなされます。
相手が母親だけではなく、
誰であっても、その行動の動機、
どんな思い、気持ち、意図で
それをしているのかが、
常にあなた自身の行動パターンを
映しています。
このような「鏡」の使い方を
よくマスターすることで、
人間関係は全く別の次元の
気付きと愛に満ちたものになって
行くでしょう。
単に憎み、遠ざけたい存在こそが、
実はあなたにとって、受け取るべき
気付きを差し出してくれているのです。