今日は中秋の名月。
9月の満月が必ずしも中秋の名月
と重なるわけではないそうで、
次に重なるのは2030年なのだそうです。
また、
8月の2回の満月もスーパームーンで
大きかったですが、今回も
スーパームーンですごく迫力がありますね。
本日19時からの満月のオンライン瞑想会、
ドタ参加も大歓迎です!
御興味ある方はぜひどうぞ!
さて。
人生で苦しい時というのは、
精神的にも物理的にも余裕が無くて、
とかく視野が狭くなりがちです。
心がキュっと縮こまって固くなり、
緊張して恐れを感じやすくなりますね。
そうなると、
自分が世界から取り残されたように
感じたり、世界が自分に敵対している
ように感じたり、
あるいは、
誰も自分を助けてくれない、
自分には価値が無いように感じたり、
ということがあるかもしれません。
心に余裕があって、
楽観的に捉えられていれば
心身共に緩んで、
まぁなんとかなるっしょ!
となるのでしょうが、
固く緊張した心だと、
それがとても難しいのです。
心身ともに疲れ切っていると、
自分自身に踏みとどまっているのも
なかなかに難しいのですが、
それでも覚えておいてほしいのは、
たとえ世界がこの自分を見捨てたとしても、
自分だけは、自身を見捨てないで
いてあげてください。
周囲の人たちが次々に離れていっても、
自分はちゃんと自分とともに
いてあげるように。
何もできなくて良いので、
ただ自分とともに在って、
息をしていればいい。
たったそれだけのことが、
自分を癒し、失われた人生への信頼を
取り戻していく足掛かりになります。
人生に対して、何もできない無力感や焦り、
不安、悲しみ、絶望感などがとめどなく
溢れてきたとしても、
自分を責める必要はないし、
それら非常に苦しい感情に、
さらにネガティブな意味合いをかぶせて
ダメ出しをする必要もありません。
私自身もそういうところがあるのですが、
起こって来た事実に対して、
あれこれ余計な意味づけをして
余計に苦しくなったり
不安になったりして、
自分でこじらせていることが
よくあるんですね。
我ながら、無駄なことをしているな~
と思うのですが、まったくもって
余計なこと、この上ないです。笑
そういう余計なことはしないで、
ただ自分の内側と外側で
起こっていることをそのまま、
受け止めて居ましょう。
たとえば、
自分が大変な状況に在るとき、
一目散に離れて行って、
あーでもない、こーでもないと
非難を浴びせてくる人が居たら、
本当にうんざりしますし、
生きるのも嫌になってきますよね。
一方で、
そんな状況に在っても、
いかなるジャッジメントもせず、
非難もせず、ただ側にいて、
在るがままにあなたを受け止めて
くれている人が居たら、
どんなにホッとするでしょうか。
その人が何をするでもなかったとしても、
本当に側にいてくれるだけで、
淋しさも不安も、和らぐのでは
ないでしょうか。
あなたが大変な状況に在るとき、
あなた自身は自分に対して、
どちらの態度を取っているでしょう?
弱っている自分を、
殊更に痛めつけなくて良いんですよ。
それ、ただの意地悪な人か、
究極のドMかのどちらかでしょう。笑
趣味でないなら、止めましょう。
気力がない時は、
生き急がなくていいから、
ものすごくスローペースでも、
悪いことはありません。
できないことを無理にやろうとせず、
助けてもらうか、背負うのを止めて、
手放しましょう。
そうやって、
人生は本当に必要なものだけを残して、
枯渇した生命力を復活させる
営みをしているのです。
それはとても自然な命の営みであり、
自浄作用でもあるのです。
罪悪感を抱く必要はありません。
ゆっくり深く呼吸をして、
できることをひとつひとつ
やっていきましょうね。
そうしていつか、
この苦しい時間のすべてが愛だった。
愛しかなかった、と気づくときが
やってくるでしょう。
あなたの人生のすべての瞬間に、
祝福を。