私たちは、しばしば自分の心に
意識、無意識的に嘘をつきます。
心の内に湧き上がってきた
怒りや悲しみ、嫉妬や憎しみなど、
まるでそんなものなど最初から
無かったかのように、
幸せそうなふり、何でもないようなふり、
キラキラ充実しているようなふり、
何でもそこそこできてこなせているふり
をしながら、
ほら、私って良い人なんですよ~。
結構能力もあるし、頑丈なんです。
だからみなさん、私のことを大切にしてね、
っていうアピールをしていたりします。
またそれとは反対に、
弱いふり、できないふり、困っているふり、
不幸なふりをして人の同情心を買い、
気を引くパターンもありますね。
いずれにせよ、
自分の真実を偽るときは、
それと引き換えに何かを得ようと
しているわけです。
表面的な平穏や、注目、お金、安心、
誰かからの愛、孤独ではなくなることなど、
ある意味それは生存戦略と言っても良いもの
だと思うのですが、
自分の真実を偽ることは、
それによって得たものよりも
結構割に合わない代償を支払うことが
ほとんどなんじゃないかな、と思います。
そういう方のエネルギーを拝見すると、
その方本来のポジションからズレていて、
うまくご自身の力を使えていない
感じがするし、
どこか存在の響きがくぐもっていて、
鈍い感じがするのです。
当然、その方本来の自然な魅力も
滲み出てくるような状態には
なっていないように見えます。
どんなに礼儀正しく寛容で、
聞き分けの良い大人を演じていても、
心の奥底に満たされない無力感や
悲しみ、嫉妬などを抱えていれば、
それは無いことになるのではなく、
そういうものを抱えているけれど
抑圧しているんです、という
エネルギー状態になります。
ドロドロした気持ちも、
まずはいったんそれが自分の一部
であることを認め、受け止めていたら、
それを表現するかどうかは別として、
無いことにしている時のような
エネルギーポジションのズレを
生まずに済みます。
ポジションがズレていると、
どうしても本来の力がうまく巡らず、
パフォーマンスが悪くなるんですよね。
物理的に力が出ないというのもありますが、
何より精神的に脆く不安定になります。
少なくとも否定はしないというだけでも、
否定して無きものにしているときよりは
よほど自身の力を失わず、
精神的にも安定して幸せでいられます。
これほどまでに、
自分に嘘をつき、真実を偽るというのは
人生の幸福から自分を遠ざけていく
ことになるのですね。
自分の真実を認めたら、
愛されなくなってしまう、
孤独になってしまう、
人生がうまく行かなくなってしまう、
と恐れる人は多いですが、
そのイメージは一体どこから来ているのか
というと、自分が自身に対してしている
態度から来ています。
つまり、あなたが認めたくないその要素を
忌み嫌い、愛さず、見捨てていることで、
自身の気持ちのカケラ君が不安になって、
その状態をとても恐がっている
ということなのです。
あなたがもし、
自分のその要素を認め、受け入れ、
慈しみ愛していたら、
その不安と孤独は癒されて、
自分の真実を認めることが安全で、
リラックスでき、幸せでいられる
イメージに変わるでしょう。
これが鏡なんですね。
在るがままの自分を受け止め愛してほしい、
というあなたのその願いは、まず
自分が自身にしてあげるべきものです。
そこがわかっていないと、
いつまでもその対象を外に求め、
永遠に叶うことのない理想を探して
彷徨い続けることになるでしょう。
ということは、
自分の人生をぐるっと見回してみて、
誰かに対して願っていることを、
まず自分自身に叶えてあげたなら、
今度はその在り様を映した鏡である現実は、
あなたがしてほしいことを叶えてくれる
ようになるわけですね。
ふりをするなんていう
薄っぺらい演技ではなく、
本当に自分が感じているものから
自身を表現して行くことで、
その表現に真の力が宿ります。
そういう表現こそが、
人の心に響き、人を動かすのですね。
互いに響き合う関係性は、
まずは自分自身に嘘が無く、
誠実な在り方から生まれます。
あなたの世界が
シンプルで力強く、愛に溢れた
美しい世界になりますように。