10日ほど、
こちらのブログが止まっておりまして
ご愛読くださっているみなさまには
本当にご迷惑をおかけしました。
サイトのエラーがどうにか修正完了し、
無事に復帰しました。
ご心配、ご不便おかけしましたが、
またどうぞよろしくお願い申し上げます。
また今後、こちらのブログが更新されて
いなかったときのため、以下のミラーサイトも
ぜひブックマークいただけますと幸いです。
アメブロ
https://ameblo.jp/25258pkou/entry-12734758809.html
・・・
gooブログ
https://blog.goo.ne.jp/25258pkou
さて。
ふと気づくと、
日常の中でやりたくないことを
自分に何とかやらせようと
納得させる理由をあれこれ考えている
時があることに気づきました。
私は自営業なので、
会社勤めの方よりは仕事も
好きなようにやらせていただいているし、
束縛も少ない方だと思うのですが、
いつの間にやら
自分にやりたくないことを
無理強いしている自分がいる。。。
そんな悩みが立て続けに浮上して、
おや?これは何か自分の在り方を
棚卸し、修正する機会かな?と思って
向き合ってみることにしました。
そもそも、なんでやりたくないことが
明白なのに、自分に強要しようと
しているのか?
それをしないのは世間的に
不義理をしてしまうことになるとか、
相手が傷つくか、変に思うだろう、
そういうのも面倒臭いとか思って
本音ではすごく嫌なのに、
どうにかしてその嫌がる気持ちを
丸め込もう丸め込もうと
しているんですね。
あ、これ、まるっきり昨日やった
母に映った鏡のワークの続きだ!
母もそういうところがあったな~。。。
仕方がないでしょ。
みんなそうなのよ。
とか言って、それでも私が渋っていると、
それをしないならうちの子じゃないから
この家から出て行きなさい!
とか、よく言われました。
何十年、怒り、恨み続けていたんでしょうね。
それとまるっきり同じことを、
自分にやってましたね~。
あちゃ~って感じです。汗
では、自分に対して、
どうしてあげたらいいのか。
当時の自分がどうしてもらっていたら
ホッとし、嬉しかったか、ということが
このテーマの答えになります。
そんなにやりたくないなら、
やらなくていいよ。
けれど、自分なりの筋は通そうね。
って感じでしょうか。
どうしたら、筋を通すことになるのか。
私なりに考えて見ると、
まず、自分がそれをやらないことに
納得できる理由があること。
つまり、単に気まぐれとか我儘で
やらないのではなくて、
なぜそれができないのか?というのを
自分ではっきりと自覚していることが
大事かな、と思いました。
そしてその理由を、
私が自分自身を大事にしている
選択になる、と思えることが、
世間体や義理を越える力になるように
思いました。
自分よりも世間体や義理を大事にするのか、
あるいは、自分の方を大事にするのか。
その世間体や義理というのは、
自分にこんな思いを強いてまで
守る価値があるのかどうか。
そこをよく精査して、
自分なりに結論が出せれば
良いのではないかと考えました。
そうすれば、
後ろめたさでモヤモヤすることが
無くなりますし、感情的にも
すっきりします。
後ろめたさを無理やり
何かの理由をつけて納得させても、
それではやはり、気持ちは
どこか収まりませんしね。
そして、重要なのが、
自分なりの筋を通すことで
起こることに対して、
きちんと向き合って引き受けること。
誰かを傷つけるのではないか
という不安があるのなら、
誰かを傷つけてしまった時の
自身の心の動揺や痛みを受け止めます。
そして、相手の気持ちは引き受けない。
これは、一見薄情なように思える
かもしれませんが、
感情解放ワークにおいては、
自分の気持ちは自分で、
相手の気持ちは相手が引き受ける
というのが鉄則なのです。
相手の気持ちを自分がどうこう
しようとするから絡み合い、
変に自分を差し出したり
背負ってしまったりするのです。
けれどもこれは、本質的に
相手をコントロールしようとしている
ということを知っておくべきです。
コントロールすべきは
自身の心の在り様で、
相手の反応ではありません。
そのうえで、
自分にできることがあるなら、
心を込めてそれをしよう。
そんな風に思いました。
ここまで整理してみて、
大分すっきりしてやるべきことが
見えてきました。
これなら、
果たすべき責任から逃げている
後ろめたさもなく、
自分を健全に守ることが出来ます。
今のところ、
これが私にとっての最適解かな
と思えます。
これからは、
本当に自分を大事にするということが
ますます重要な生き方のカギになってくる
ように思います。
そのときに、何を基準にして
どう立ち振る舞ったらいいのか、
自分なりの通すべき筋がないと、
非常に苦しいことになります。
自分は何をどう感じ、
本当のところ、どうしたいのか。
それを叶えるための道はあるのかどうか。
そう言えば、
これも昨日の母への怒りのワークと
同じテーマでした。
母は、やろうと思えばできるのに、
私の望みに応えてくれようとはしなかった
ということが恨みでした。
今なら、自分のこの恨みを
解いてあげることができるかな、
と思います。
さて、後は行動を起こすのみ。
心が大分軽いですね。
良かった良かった。