呪いが解けていく潮時

今日はちょっとおどろおどろしいですが、
「呪い」のテーマを取り上げてみます。

そもそも私は呪いの専門家ではないので、
あくまでこれは私がこれまでのセッションで
体験したこと、読み取ったこと、
感じたことをベースにした考えです。

もちろん、私の知らない呪いの本質
みたいなものもあるのでしょうし、
これがすべてと思っているわけではない
ということを前置きしておきます。

一般に呪いというと、
陰陽師などの専門家が悪意を持って
特定の技法を駆使してかけるものや、

素人だけれど、丑の刻参りみたいな
とにかくものすごい怨念を相手に
ぶつけていくみたいなものを
イメージされることが多いかな
と思います。

そういうものもありますが、
実は日常の中で、ひどく傷つくような言葉を
繰り返しかけられて潜在意識に入ってしまう
暗示のようなものも、呪いの内に入ります。

これは、誰かからそういう言葉を言われる
場合もあれば、自分が心の中で唱えている
自分に対するネガティブな言葉の数々
の場合もあります。

たとえば、
自分なんてどうせ誰からも愛されない、
私は何をやってもダメな役立たずだ、
自分は醜い、死んだ方が良い、
世界は私を憎んでいる、
こんな世界は呪われた世界だ、
などの思いがグルグル巡っている人、
みかけますね。

これらもみな、呪いになっているのです。
そして恐ろしいことに、これらの呪いは
実によく効いてしまうのです。

自分を呪えば、呪われた自分になり、
自分が生きる世界を呪えば、
その人が生きる世界は呪われた世界になります。

どうです?その通りになっていませんか?

よく、自分は親や誰かから
ひどい言葉を浴びせられ続けて
こんな風になってしまったんだ、
以前はこんなんじゃなかった、
という方もあるのですが、

時系列的には確かにそうかもしれませんが、
相手にそう言わせる種が、自分の中に
先にあるんですね。

どういうことかというと、
潜在的に相手から浴びせられた言葉
と同じ思いが、自分の中に先にあったので、
相手はそれを表現しているだけ
ということなのです。

それをさらに鏡の法則を通して
読み解いていくならば、

相手が自分にぶつけてきた言葉や思い、
態度は、自分が自分自身にしていることと
イコールなのです。

相手が自分の特定の要素に悪意を向けて
いるのだとしたら、自分も自身の
同じ要素を忌み嫌い、呪い、
拒絶しているというわけです。

だから、結局人にかけられたこうした
暗示(呪い)も、自身のその在り方、
態度を改めることで解けていきます。

なぜそれほどまでに拒絶し、
分離させているのか、根っこを掘り下げて
統合していくんですね。

セッションでは、統合、呪いの解除
まで行ったら、その次に
自分を祝福するということをします。

本当にこのプロセスがきちんとできると、
それまで感じていた生き辛さが癒えて、
ものすごく楽になっていきます。

こうしたことは、
呪術的な手法を用いてかけられた呪いも
根本的には同じことで、それをかけてきた存在の
動機と意図を辿って明らかにするところから
入ります。

人を呪うには呪うだけの動機が
必ずあるでしょう。

そして、その動機には感情が伴うはずです。

その存在が抱いたその感情は、
呪いをかけられた自分が持っている感情と
完全に一致します。

これを統合するんですね。

これができると、
たとえ非常に複雑なテクニックを用いて
かけられた呪いだとしても、
世界線がシフトして根本的にその存在が
呪いをかけないストーリーのビジョンに
変化していくので、

今現在の自分にかかっている呪いが
解けてしまうのです。

一つのストーリーの中で、
いくつかの世界線の転換ポイントがあって、
場合によってはそれぞれに対処する
必要があるケースもあるのですが、

丁寧に対処して行けば、
大体このやり方で解けるのではないかな、
と思っています。

問題は、かけられている本人が、
その感情にきちんと対峙し、認め、
受け止めていけるかどうか、
というところでしょうね。

被害者と加害者はコインの裏表の関係であり、
一つのものであります。

ストーリーは、両者を貫いて流れる
同じ感情の別の表れ方であり、
今回は被害者であった人も、
別の人生では加害者の立場であったりします。

その両極を、行ったり来たりしながら
生を繰り返しているんですね。

私たちは、自分が被害者であるときは
自身の痛みを認めやすいですが、
加害者の姿はなかなか受け入れ難いものです。

統合が失敗するのは、
ほぼこういう拒絶が原因で、
自分はそんなんじゃないはずだ、
あんな姿を認めるのが恐ろしい
ということに尽きます。

そういう恐れを越えて
自分自身の真実に対峙できるようになった時、
たとえ魂の奥深くに沈められた記憶であっても
忘却の封印から浮上してきて、
清算の潮時となるでしょう。

細かく言えば、呪いをかけるときに
ダークサイドとの契約や、生き物の命を
使っているケースもあり、
それらへの対処が必要になる場合も
ありますが、それは枝葉の話。

根本は、やはり自分自身の在り方の問題かな
と思っています。

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