人と人との距離感って、難しいですね。
人間として生れ落ちれば、その瞬間から
人と人とのかかわりが始まります。
親子、友人、先生、先輩後輩、上司部下、
パートナー、ご近所づきあい、親戚関係
などなど、ありとあらゆる人間関係に
囲まれて生きていくことになります。
親密な付き合いをすれば、
より深い喜びもあると同時に、
より深い痛みを味わうこともあります。
その痛みに懲りて、人と深く付き合う
喜びを放棄する人も少なくありません。
けれど、それでは人生は
とても味気ないものになってしまいます。
人間関係って、
そこそこで済まそうと思えば
そうすることもできるし、
深くかかわろうと思えば、
ご縁があれば、深めることもできるでしょう。
互いに甘美な関係性もあれば、
怨讐にまみれたドロドロの関係もあり、
さらっとあっさり、さわやかな関係も
あります。
そのいずれからも、その意志があれば、
人生の奥深い神秘や愛など、
得難いエッセンスを得ることができます。
その関係性を捨てるか、
憎悪の炎を燃やすか、
最高の可能性に昇華させるか、
すべて自分次第なんですね。
健全な人間関係を構築するために
押さえておくべきポイントは
私が思うに、
自分の判断や行動に自分で責任を
持つことと、
他者からエネルギーを奪い、貪らないこと
かなと思っています。
前者は、誰かがそういったから鵜呑みにして
自分で感じ、考えもせずそっくりそれを
自分の考えとする、まるで自分がない
在り方ではなく、
常に自分は何をどう感じ、捉え、考えるのか
という軸が自分自身に在る状態で
初めて実現できることだと思います。
よく、自分軸って言いますが、
自分軸を頭で考えて作ろうとしても
それは無理な話で、
自分が感じていること、思うこと、
欲求などを逐一自分で認識できるという
ベースが必要なんですね。
巷にあふれるHowTo本を
いくら読み漁ったところで、
自分軸なんてできっこないのです。
それは、もっと実践的な在り方なのですから。
自分軸ができると、深く自分に根が張れて
内なる力の源泉にしっかりつながり、
他者からエネルギーを貪らなくても
大丈夫になっていくんですね。
自分で自身を支えられない限りは、
どうしたって、外からエネルギーを
調達しなければいけなくなります。
その結果、相手からいかにしてエネルギーを得て
自分の損失を減らせるか、というパワーゲーム
に突入していくのです。
(これは、お互いに健全に自立して
助け合う状態とは違います)
こうしたパワーゲームの根幹に在る
構図を理解しておくと、どうやったら
複雑に絡み合った人間関係を解いていけるのか
その道筋が見えてきます。
自分が誰かのエネルギーを
貪っているなんて、
自覚している人の方が稀でしょう。
自分はちゃんと自分軸を持って
自分なりに判断して行動している
と思っている人でさえ、
知らずに誰かに寄りかかり、
判断を仰ぎ、すがっていたりします。
あるいは、
子供やパートナーなどに自立を願いながら、
実は彼らの依存を自分が助長していた
なんてことはザラにあります。
わかりやすいものはまだ避けられる人でも、
非常に微妙なレベルで絡み合っているものは、
相当学んでいる人でも、うっかり
トラップにはまってしまうことはあります。
自分軸がしっかりできてくると
同時に人との境界線も適切に引くことが
できるようになってくるのですが、
こうしたことは、
一時にできるようになるものではなく、
トライ&エラーを繰り返しながら、
自分にどんな心の隙があるのかを知り、
一つ一つ対処していく中で
できてくるものです。
自分は結構できるようになったぞ!
と思っていても、その鉄壁と思える
防御の壁を容易くかいくぐって
心の隙を突いてくるのが魔というものです。
内側に種があれば、
どうやったって防ぐことなど
できないのです。
逆に言えば、そういう存在がいるからこそ、
自分の足らないところを教えてもらえるわけで、
その経験に感謝しなければいけないくらいです。
不思議なもので、そういう学びのきっかけ
となるような存在は、自分の成長度合いに
合わせて表れてきます。
本当に、きちんと向き合えば
自分の手に余るということもなく、
ちゃんと糧に変えていけるくらいの
強度の出来事が起こってくるんですよね。
その時は、胃がキリキリするくらいに
悩ましくても、過ぎてみれば
自分の学びのために表れてくれた存在には
心からの感謝しかなくなるでしょう。
そういう一つ一つの学びの積み重ねがあって、
健全に自立した在り方が磨かれていきます。
だから、経験しないとわからないこと、
できないことがあるのです。
それを、安易に頭の概念で済まそうとすると、
いつまでも薄っぺらい実力しか
ついてきません。
失敗は恥ではありません。
その失敗を昇華させて自身の血肉に
変えていくことができたとき、
その学びを作ってくれた存在の
深いレベルの愛を受け取るのです。
どこまでできるかは、
自分次第ですね。
あなたの歩みに、幸あれ。