気が付けば8月。
7月は日照時間がとても少なかったので、
作物の実りが心配です。
また豪雨災害に遭われたみなさんは、
復旧活動も、これからますます暑くなる時期
ですから、くれぐれも熱中症にお気をつけて。
できる支援をしつつ、心を寄せ続けて
行きたいと思います。
この年の暮れには、世界やこの国は
一体どうなっていて、どんな気持ちで
新しい年を迎えているのだろうと
ふと考えるのですが、
コロナの悪夢がやがて去ったとしても、
気象が荒れる傾向はまた別の話だし、
たびたび災害に見舞われながら、
私たちはどんな風に自然と付き合い、
人とかかわりながら生きていくのだろうと、
つらつらと思いを馳せます。
私たちは、もう後には戻れない
不可逆的な道を進んでいるのは確かで、
どうにかして元の世界に戻すのではなく、
全く新しい世界を、それも、元の世界よりも
もっと素晴らしい世界を生み出して
行かなくてはなりません。
目の前の問題にばかり意識を向けていると
気が滅入りますが、全く新しい、
以前よりもずっと素晴らしい世界のために、
今自分に何ができるかに意識を向けたら、
気持ちも随分違うのではないでしょうか。
今という時代は、ご先祖様たちの誰も
経験したことのないような、
世界的に大きな転換期なのでしょう。
けれど、ご先祖様たちも、
まさに生きるか死ぬかというギリギリの中で
身一つで皆と力を合わせて数々の困難を
乗り越えて、時代を切り開いてきました。
この時代を生きる私たちもまた、
次の時代により良い形でバトンを引き継ぐ
賢明な選択ができるはずです。
というか、絶対にそうしなければ
なりません。
どんな時代に生きていてもそうでしょうけれど、
この時代のこの世界に生まれてきたということは、
ここで何かを体験したくているはずです。
魂は、今生の目的を設定してきていると
思います。
それは、個人的な願いもあるでしょうけれど、
同時に、この世界に対しての願いも
あるでしょう。
その両方の願いが互いに交わりながら、
人生のタペストリーが織りなされます。
世界に対する大きな願いをもって
生まれてきている人は、
それを実現するに見合うだけの
実力がなければなりません。
準備万端に、そういう力を目一杯携えて
人生の割と早い段階からスタートダッシュを
かける人もいますけれど、
この世界でじっくりとその種を育てないと、
為そうとしている願いにはまったく
役に立てるレベルに無い、という方もあります。
大きな願いを持っている方は、
情熱の火を燃やしつつ、
リアリストでもありましょう。
今この自分の位置から、
願いの実現のあの場所までを、
しっかりつなげられるように。
ただ、ここで言っているのは
具体的な手段を事細かに知らなくては
ならないという意味ではなく、
現実的な自身の責任を果たすことの
重要性を、念押ししておきたいのです。
そうでないと、地に足のつかない
責任を取らない夢見がちな人の言動には、
リアリティーの力強さ、確かさの力が
宿りません。
夢を語ることの高揚感は、心地良いものですが、
それが、現実から分離したマインドの中での
妄想に留まっていては、絵に描いた餅で
いつまで経っても味わうことはできません。
夢を実現するには、必ず自身の現実に
対峙することが必要です。
現実に向き合った途端にしぼむような夢は、
本気ではないのだろうし、現実逃避
と言われても仕方ありません。
いかに現実が理想に程遠かろうと、
今この地点から必ず実現する、という
覚悟を持つ人が、現実に対峙しなかったり
責任を持たないなど、あり得ないでしょう。
今の時代、たくさんの有形無形の
サポートが働いていますが、
自らの責任を果たし、しかと現実に対峙して
覚悟を決めた人に、そういうサポートが
どっと流れていくんですね。
現実逃避しながら奇跡を待つ人には、
いくら待ってもそういう奇跡は起きません。
むしろ、逃げたかった現実に引き戻し、
否応なく向き合わざるを得ない状況を
もたらす恩寵はあるかもしれません。
だから、夢を語るなら、
現実を踏みしめる力を養うことです。
そういう力が十分についたとき、
チャンスやサポートは向こうからやってきます。
今は人材はいくらあっても足りない時代。
そんな素晴らしい実力を備えた人を、
時代が放っておくわけはありません。
いつ大きな仕事が来ても受けられるような
実力と在り方を整えていましょう。