先日、1dayディープクリアセッションを
お受けくださった方から
とても素敵なご感想をいただいたので
早速シェアさせていただいたのですが、
深くその方の在り方を読み取っていくと、
生きながらに死んでいる人、
結構いらっしゃいます。
本人に自覚がある場合と、
あまりない場合がありますが、いずれにせよ
生き生きとした力強さがないとか
どこか自分が定まらずフワフワしている感じは
共通しているかもしれません。
けれど、このご感想の方のように、
いったん自分自身の人生に戻ってくると、
比喩ではなく、まばゆいくらいの
生命エネルギーが体の内から満ちてきて、
素晴らしい輝きが解き放たれます。
それはもう、別人のように
端から見ていてもその違いは
一目瞭然なのですが、
そういう変貌を遂げた方たちの姿を
見るにつけ、自分自身の人生を
本当に生きること以上に
パワフルなことはないし、
幸せなことはない、と思うのです。
自分の人生から逃げ出して、
ここではないどこか遠く、
今ではないいつか、
この自分ではない、別の自分を
探し求めて放浪する人の何と多いことか。
そういう方向の放浪は、
ますます人生の迷路に迷い込んでいく
苦悩が続く道だと思います。
自分の人生を放棄して生きている人は、
多かれ少なかれ、今ここで人生を
生きることを苦痛に感じています。
そして、意識、無意識的に
体と心を置き去りにしたまま、
エネルギーボディがどこかに
逃げ出してしまうのです。
このことはこれまでにも
ブログで何度か書かせていただいてますが、
こういう人がたくさんいる社会って
当然のことながら、活力ある社会
にはなりませんよね。
逆に、自分の人生を生き生きと
生きている人であふれている社会は、
どれほど豊かで人々が幸せで、
美しい社会なんだろうと思うのです。
それは、スピリチュアルなレベルにおいて
さらに意義深いことだと思うんですね。
私には、そうやって生きている人は、
この時空間自体をものすごく活性化
させているように見えます。
今この瞬間に深くいる人が臨在している場は
空間の質が変わります。
たとえば、一流のアーティストが
舞台にすっと立った瞬間に
空間が変わる、あの感じです。
必ずしも緊張感に満ちている
というわけではないのですが、
リラックスしていても、
やはり違うんですね~。
空間が締まるというか、
とても特殊なフィールドが
開けていきます。
このフィールドでは、
起こってくることが違ってきます。
これからの時代、
恐れをベースにするのではなく、
人々がもっと自分らしく生き生きと
自分を表現して生きていくことが
大切だと常々思っているのですが、
そんな楽園を生きたいのなら、
自分が最も逃げ出したかったところに
戻ってくる必要があるんですね。
自分が嫌い、憎んでいる、
人生を呪っている人って
よく見かけるのですが、
そういう人ほど、
幸せの伸びしろは大きい
と私は思います。
よく、その人に越えられない出来事は
起きないって言われますが、
どんな出来事でも、転換していく力は
持っています。
ただ、自分や人を呪ったり妬んだりする人は、
自分のそういう力を信じてないし、
否定しているんですよね。
あるいは、呪いや嫉妬、憎しみに
しがみついてすらいる。
苦しいと言いながら、手放そうとしないし、
それを支えにして生きてすらいます。
でも、そういう生き方も、
自分が別の生き方を選べることを認め、
実際に選べば、違う人生を歩んでいけます。
でも、今まで変えられなかったという人は、
何度も何度も、自分を痛めつけるような
選択を繰り返しているんですね。
無意識に状況に流されるのではなく、
意識して自分の力をどういう方向に
向けているのか、気付かないといけません。
苦しい状況に在るのは、
自分に力がないからなのではなく、
力を向ける方向、使う場所が
間違っているのです。
それは、誰のせいでもないし、
自分が選んでそうしている、
というだけのこと。
ここを認めないと、転換は難しいです。
頭だけで分かっていてもだめです。
実際に本当にそれを認識しないと。
でも、そういうポイントは、
しばしばその人にとって気付きたくないところ
だったりします。
見たくないし、誰かのせいにしていたいし、
結局は自分は無力で居たい。
そういう人に限って、どういうわけか
パワーが欲しくてほしくて
あれこれもがいてる人が多いっていうのも
皮肉なことですが。。。
このこじれた構造を、どう修正するか。
簡単ですよね。
自分のパワーを認め、正しく使えばいい。
自分を大事にして、自分の人生を
存分に生きればいい。
そう転換するのも、
ひどく苦しかったりするのでしょうが、
意地を張るのも辛いものです。
自分で自分に何をしているのか。
よくよく目をそらさずに見つめましょう。
自分自身の力を、生き生きと発揮できる
人生を生きることができますように。