引き続き、がっつりセルフワークを続けております。
もう一段、二段、パワーアップしていきたい!
というか、いかないと!と自分をかなり追い込んだので、
(こういうところ、相変わらずドMかも。笑)
今までそれなりにスルーしてきたところとか、
誤魔化してきたよね~ってところもシビアに見ると、
まだまだ課題がてんこ盛りで、やりがいはあるかも。
誰に言われたわけでもないけれど、
だからこそ、できることってあるな~
と思います。
結構な天邪鬼なので、人から言われてたら、
多分やりません。爆
やらされた感満載で、嫌々仕方がないからやる
ということほど、自身のエネルギーを殺ぐことは
ありませんからね。
自分の学びは、自分でカリキュラムを作って
自分でペースとリミットを決めて
自主的に歩む、くらいの意識でないと。
そこが、学生時代の勉強とは違うところで、
社会人になってからの勉強の方がずっと楽しいし、
本気で勉強してきたな~って思います。
学んできて本当に自身の血肉になったものが
即、成果と直結してもいますからね。
アラフィフのこの年齢になって
ようやく気付いたことがあって、
私は自分の成長とかで本当に大切なこと
に関して、グループで協力し合ってやる
ということが本当に向いてないと
しみじみ理解しました。
普通に友人たちと楽しく何かするのは
それなりに楽しんで問題もないのですが、
ジャンプする前にぐっと身をかがめるようにして
深く自身の内面に潜っていくときなどは、
グループのみんなが頑張っているから
私も頑張らなくちゃ!とか、
あの人に負けたくないから人一倍頑張る!とか、
本当にそういうのダメです。
よく、高額セミナーとか売ってる先生なんかは
一緒に頑張る仲間たちのメリットとか
言いますけれど、
それも一理あるような気はするけれど、
私の場合は却ってノイズがいっぱい入ってきて
うまくいったためしはないですね。
人それぞれ向き不向きがあるということで、
自分がどんな環境でこそ伸びるのか、
自分を知るって大事だと思います。
まぁそんなこんなで、
今は「自分」というものの領域を広くして、
できる限り深く深く触れて行く、
ということを意識しています。
そもそも「自分」って、何をもってして
そう呼んでいるのか、ってところからの
問いかけも含んでいるのですが、
自分と言うのが、この皮膚の内側のことで、
そこから外側は別のものっていう意識は、
感情解放ワークをやり込んでいくと
段々変化していきます。
なぜなら、他人、相手と思っていた人の中に、
紛れもなく自分自身を発見することを
繰り返して行くので、
皮膚を境界線にして、これが私で
あなたは別の人っていう感じでは
なくなっていくんですね。
生死の境とか、過去から未来に流れていくという
時間の概念や次元とかの世界の捉え方も、
私は随分と変わったと思います。
「自分」というものに深く深く意識を下ろしていく
なかで、こんなにもたくさんのストーリーが
浮かび上がり、そこには無数の人生があって、
広大な世界が広がっている。
こうした背景を持ちながら、
そこはほぼブラインドされた状態で
ほんの僅かな顕在意識領域で
どうこうしようとしても、
その背景の圧倒的なエネルギーを思えば
到底無理だろうということは
肌でわかります。
だからと言って、背景の膨大なストーリーの
一つ一つに対処しなければいけない
というわけではなくて、
顕在意識に差し出された一つ一つに
丁寧に応答していけば、それなりに
背景も効率よく変化はしていくのです。
どの位やったらどの程度の効果があるのかは
人それぞれ背負った背景があるので
何とも言えませんけれど、
その積み重ねができる人は、
多分、それ自体がものすごい恩寵
なのだと思います。
私自身、どこまでこの積み重ねができるのか、
改めてチャレンジ中ですが、
「鏡」を見つめながら今浮上しているテーマが
「裏切り」でした。
期待を抱いて、叶えられなかった小さなことから
大きなこと、悪意ある裏切りから、結果的に
そうなってしまったという心の傷まで、
結構範囲の広いテーマです。
裏切られた傷とともに、裏切ってしまった傷も
両方の視点から取り組んでいます。
ものすごく深いショック、悲しみ、
傷ついた心、怒り、憎しみ、そしてそこから
ガチっと入ったブロック。
クライアントさんの中にも、
親子やパートナー間でこういうブロックが
ガチっと入って身動き取れなくなっている人が
結構いるので、これも私自身の「鏡」でしょう。
まずは自分の中でこれが解けていかないと
いけませんね。
ポイントがわかれば、あとはやるだけ。
こういう作業をくりかえして、
さてさて、どのくらいの器に育つのか。
とにかくやるしかないですね。