日々様々なご相談をお受けするのですが、
親子関係のご相談も、多いですね。
今サロンには様々な年齢のお子さんを抱えた
お母さんたちが良く来てくださっているのですが、
お子さんを中心に、パートナーや実の親、
義理の親との家族関係など、なかなか濃密な
家族間のテーマが展開されています。
悩み、苦しんでいる渦中にあるときは
なかなかそれが恩寵だとは感じにくいものですが、
実際、これほど魂の成長のために最適な
環境はないのではないかと思えるほど、
どんぴしゃりでその人の一番弱いところを
的確に突いてくる配役になっています。
子供は親が思うようにはいかないし、
親も、必ずしも子供が願うような姿では
ないわけです。
そうした者同士がぶつかり合い、
キリキリとエゴを擦り合わせて
魂を磨いている。
そんな風にも見えてきます。
家族というのは、他人よりも近くて、
そう簡単には離れられないものです。
たとえ絶縁したと言っても、
血がつながっていれば、
その親から自分が生まれてきたという事実は
厳然として変えようもなくあるわけで、
そこからは逃れられません。
また、この子供が自分の体から生まれてきた
というのも、いかに戸籍をいじろうと、
変えることはできないのです。
こんなにも濃いつながりだからこそ、
ともに苦しみながら、エゴをこすり合わせて
ガチンコの学びができるのです。
それは、どちらが被害者でどちらが加害者とか
そういうものではなくて、互いの合意の上での
魂の契約です。
まぁ、学びの途上ではそんな契約なんて、
記憶の片隅にもないのでしょうけれどね。
前にも書いたことがありますけれど、
そう簡単には切れない縁のところに
今生、魂が絶対に成し遂げたい、越えていきたい
と思うテーマを設定しています。
職場の人とか、ご近所さんとか、
その気になればひょいっと逃げてしまえるような
関係性ではなく、
あえて逃げられない関係性のところに
きついテーマを設定しているということは、
それだけ魂が本気でコミットメントしてきた
証だと思うんですね。
そのキツさも、人によって様々です。
もう地獄の様相を呈しているケースもあれば、
愛もありつつ、しんどさもあるのを、
互いに励まし合いながら越えていく
というケースもあります。
それぞれ、どんな風に学んでいきたいのか、
自分でデザインしてきているんだと思います。
そういう意味で、キツい関係性ほど、
「もうヤワヤワやってたら私、絶対逃げちゃうんで、
スパルタでお願いします!」って契約ということ
でしょうか。
たとえば、親にしてみたら子供は
「どうしてそれ、やってくるのかな~。
私、一番それ嫌なんだけど。。。」
って状況を敢えて作ってきてるように
感じる時ってありませんか?
魂の学びという側面から言ったら、
子供は親が嫌がることをするのが仕事、
みたいなところ、あると思うんですよね。
いい子にしていたら、親が自分のエゴを
越えていく助けにはならない。
だから、子供は親を困らせて当たり前、
なんて言ったら世の親御さんたちに
ひんしゅく買いそうですが、実際、
そういうところ、あると思うんです。
子育てって、楽しかったり素敵なことも
たくさんあるけれど、しんどいことも多いですよね。
私は子供がいないのでやったことないですが、
本当に世の親御さんたちには頭が下がります。
こんなにも大変な思いをしながら、
私も自分の親に育ててもらったのかな、
とご相談に見える親御さんたちを見ながら思います。
ものすごい「行」ですね。
どんなにお山にこもって厳しい修業をしようと、
一人の人間を育てることの厳しさには
及ばないんじゃないかとも思えます。
前にも書きましたけれど、
子供さんが何か問題と見える行動を起こすとき、
それはその子だけの問題なのではなく、
家庭内の諸々を映しています。
だから、その子を何とかしようとするのではなく、
家族みんながそれぞれに自身の在り方を
問い直さないといけないわけです。
それを、その子1人の問題にして解決しようとするのは
決してうまくいかないでしょうし、歪みをさらに
助長させてしまうことになると思います。
家族の中の誰かに問題が起こっているのなら、
それを成立させている因子が自分の中に在ります。
決して無関係ではないのですね。
その因子は、多分自分が見たくないものでしょう。
認めたくもないし、ずっとなかったことにして
隠しておきたかったもの。
それを目に見える形にして見せてくれているのが
問題と見えるその子の言動なのです。
だから、そこから逃げるのではなく、
よ~くよ~く見つめ、そこに映った要素を
しっかり受け止めることです。
そこに対峙することが耐え難くて、
何だかんだ理由をつけて、仕事などに
逃げてしまう人もいますが、
それ、ダメですよ~~~!
そこまでキツイ状況を作ってしまっている
ということは、多分その人の魂の歴史の中で、
そのテーマは何度も何度も失敗してきてる
のだと思います。
だから今度こそ逃げられないようにしているのに、
ここで逃げたらまた失敗を重ねてしまいます。
この世を去るときに、そういう自分で
死んでいきたいのでしょうか。
肚を決めて、本気で対峙したら人生は
必ず変わっていきます。
必要なのは、自分を責めることではなく、
自分の弱さに向き合う、ほんの少しの勇気です。
あなたの人生に、幸多からんことを。