嫌なものはイヤ。
好きなものは好き!
小さな子供は自分が何が好きで、何が嫌いか
自分ではっきりわかっていますね。
でも、成長するにつれ、はしばしば
こういうことがわからなくなっていく
人がいます。
多くの大人がそうなのかもしれません。
嫌だけれど我慢してやらなければいけないとか、
周囲から自分の好みを主張するのは我儘だと
言われたりとか、
大切な人にとって都合の良い自分でいるために
あえて自分の感じているものを無視したり。
そういうことを続けているうちに、
いつしか私たちは自分が何を欲し、何を嫌い、
どうしたかったのかを見失っていきます。
嫌だと思ったのに、
いやこれは自分がおかしいのではないか、
自分が未熟だからわかっていないのだ。
こらえ性がない自分は我儘なんだ。
そんな風に頭で考えて、感じたものを
捻じ曲げていくのです。
そうしてやがて、自分がわからなくなっていく。
自身の内深いところからやって来る導きにも
つながれないので、自分を信頼することが
できません。
自信が持てないので、いつも不安で
何か自分を支えるものが必要です。
だから常にそれを探しています。
こういう人が自分自身を取り戻すには、
まずは自分が「感じたこと」をいったんは
在るがままに受け止めることが
糸口になるような気がします。
それがおかしいとか我儘だとかいう
ジャッジメントで切り捨てる前に、
「あ、嫌だって感じたんだ」と
ただ自分の感覚を受け止める。
それだけでも、そのまま切り捨てていた時よりも
自分の感覚に気づけるようになっていきます。
そして、感じたものをどう扱うか、ですね。
再び無視して抑圧するか、
あるいは勇気を出して、何かしらの
リアクションをしてみるか。
「嫌だ」と感じたのなら、
「それ、嫌なのでやめてください」とか、
「もっとこうしてくれると嬉しいです」などと
伝えてみるのも一つの方法だし、
さっとその場を離れるとか、
自分で環境を変えられるのならそうしてみるとか。
できるところからやってみたらいいと思います。
多分、今まで徹底的に無視し、抑圧していた
自分の感覚に応えることをするのは、
とても新鮮で嬉しく感じるのではないでしょうか。
今までなぜそんなにも自分を否定してきたのか。
そうしなければいけないと思い込んでいたのかも
しれませんね。
でも、実際はそうでなかったのかも。
もっと自分の感じているものを大切にして、
主張していっても、案外受け入れられたり
するものです。
もちろん、そうでないときもあるけれど、
それはそれで結果をそのまま引き受ければ
いいのです。
それをもって、自分を再び抑圧する
言い訳にすることはありません。
そこを引き受けないで、嫌な思いをしたくないから
と言って自分に無用な我慢を強いるのは、
ある種の責任逃避かもしれません。
望んだ結果も、そうでない結果も、
同じように受け止め、適切に応答していけば
良いだけのこと。
このシンプルな在り方の一方を拒絶するがゆえに、
自分自身が歪んでいくのです。
ただ、私たちはしばしば意図的に自分を
歪めても、しがみついていたい状況や物、人が
あったりしますよね。
私自身、以前の仕事を辞める前は、
悲鳴を上げ続けていた自分の心身のサインを
徹底的にねじ伏せ、抑圧していました。
大好きだった仕事や仲間たちから離れたくなくて、
これは自分の我儘なのだと言い聞かせて
いたんですね。
この程度のことがクリアできなくては
社会人じゃないと思ったし、
自分が弱すぎるからこらえ性がないんだと
思っていたのです。
でも本当は、自分の心身の声に耳を傾けて、
応答すべきでしたね。
実際に、感じたことが我儘だったとしても、
いいじゃないですか。
結果を引き受けて、また自分の現実に
応答していけばいいだけなのですから。
自分に非があることに気づいたら、
相手の痛みを受け止めたうえで
ごめんなさいって素直に謝ればいい。
我儘も、抑圧しているだけじゃ
本当に変えていくことはできません。
出してみて、自分の受けた傷も
相手の痛みも受け止めたとき、
戒めがなくても、もう二度と同じ過ちを
繰り返さない自分になれるのです。
そこを引き受けない内は、
自分の中で我儘の要素が分離したまま、
抑圧の苦しみにもがき続けるのでしょう。
参考までに、
一方的に我儘ばかり言う人や、反対に
自分の思いを極端に抑圧する人は、
相手がちゃんと見られていないと思います。
相手が思うようにならないと嫌なので、
相手を無視して自分を強く主張してしまうとか、
相手が自分のことを自分が思うように思って
くれないと嫌なので、恐くて見られないとか。
色々なパターンはあると思いますが、
相手にしっかりと触れて、コミュニケーション
できていないんですね。
だから極端にストレスがかかっている。
我儘の周辺の人間関係って、大概こんな感じ
であるような気がします。
だとするならば、ちゃんと相手に触れるような
コミュニケーションができる自分を整えること。
それができれば、我儘という不調和は
自然と消えていきますよね。
自分の声を聴き、大事にしながら、
相手の声も大切に、コミュニケーション
していきたいものです。