【ヒーリングテーマ】
自身の信じた正当性を手放し、別の可能性を受け入れるよう最高最善に働きかける
11月8日実施
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当日は、夜8時にKOUさんからヒーリング があると自分にアナウンスして、8時を楽しみにしていたけれどちょうど忙しくなってしまいました。
タイトルを何回も繰り返して読んでは考えたり、感じようとしたりして眠りました。
次の日、早速母とのやりとりで変化がありました。
本来ならば母が口を出すべきではない事柄に対する意見をいつものように怒りながらきつい言葉で私に言ってきました。
ひとまず一人になり、先日KOUさんに教えていただいた鏡の法則の読み取りを思い出しながらやってみたところ
「不安」と「寂しい」という気持ちに行き着きました。
首の下がキューッとしたので、教えていただいた手順でやってみました。
母の気持ちを感じるとそこには好意的な心からの私への心配があり、びっくりしました。
現実の母の元に戻り、言いたかったことを言いました。
いつものわたしと違う対応に母は、少しびっくりしたようでしたが、穏やかになり自分の思っていることを言ってくれました。
話し合いが出来ました。
KOUさんの文章に
信じていた正当性を手放して
相手を尊重したときに、どうなるか
イメージしてみる
と、ありました。
相手を尊重する。私自身を尊重する。
あまりしてきてないな。。と感じました。
子供に対しても「きっと(どうせ)こうなるんだろうな」と私が思い込んで勝手に考えていたストーリーや像があったように思います。
「いつものパターンなら今日はもう勉強しないで寝ちゃうんだろうな」
という場面では、可能性にかけてみようかな。
と、今回のワークを思い出してみると、いつもとは違う行動を見せてくれました。
それは、私には嬉しい行動ばかりでした。
私は勝手に自分で思い込んでいたり、勘違いをして悪いストーリーを作っているようでした。
しかもそれらは、かなり重要な事柄ばかりなので、私の想像を超えた嬉しい流れは大歓迎です。
たどたどしくワークしています。
できているのかもちょっとわかりません。
ですが、現実が明らかに変化しているので引き続きやってみます。
ありがとうございました。
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自分の信じた正当性を手放す。
申込み時にも書きましたが、あちこちで今回はそのテーマを見かけ、私にとってタイムリーでした。(こういうのが、スピリチュアル的にはハイヤーセルフからの働きかけになるのでしょうか)
今週はKOUさまの著書を読んでいたこともあり、解放が一段と深みを増した感覚があります。イライラする人、ザワザワする人、或いは忘れたい過去を見る覚悟が出来て見てみると、たしかに自分自身にそのように接していたことがありありとわかりました。自身の正当性と相手の正当性がぶつかっていたような感じです。
またKOUさまは断捨離をテーマにしていましたが、私も似たようなテーマに取り組んでみました。
水回りやその他の後回しにしがちな掃除、見えないふりをしている散らかっている箇所…。ここに関しては、普段から感覚を閉じているだけに見ようとすること自体が億劫で大変でした。それでもほんの一部だけは手放せたかと思います…でもまだ、動けないんですよね、ここに関しては。
人に対しては受け入れられるようになったり、気にならなくなったりとすぐに効果を感じるのに、自分の長年の行動や習慣に関してはなかなか…。ここ、本腰いれて取り組みたいなぁと思っています。
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先週の土曜日、ダンス仲間に依頼されて、結婚式の披露宴で余興としてダンスを踊る機会がありした。
そもそも、正式に直接的な依頼があったわけではありませんでした。同じダンス仲間がOKし、「やるよね?」と乗せられて参加した企画です。
にも関わらず、一番キャリアが長いという理由から、選曲構成等を任せられることになりました。仕事に追われる中、何とか計画し、ダンスの先生の助けもあってやっと本番を迎えることが出来ました。
ところが…いざ迎えた本番は、私が想像した結果ではありませんでした。余興のみの参加だったのですが、思いの外歓迎ムードには感じられませんでした。最も近いテーブルの出席者は顔を背けたまま、一瞥もせずに隣席と苦笑いしてこそこそ話しているような状況。とはいえ、途中で止めるわけにもいかず、何とか踊りきり、場を盛り上げる努力はしたものの、余興終了後はどっと疲れて帰宅しました。
自分なりに期待に応えようと頑張ったにも関わらず、相応の反応が得られなかったことが思いの外大きなダメージでした。数日、胸が重苦しく泣きたくなるほどがっかりしていました。
今まで気づかなかったのですが、私にとって「頑張ったね」と認めてもらうこと、成果を出して期待に応える事は、自分の存在を許してもらうことです。結果が出せなかったり、一生懸命やることを馬鹿にされたり、あるいは否定されたりすると一気に自分の足元が崩れ落ちるような感覚がし、気力も体力も無くなるのです。
じっくりその崩れ落ちる感覚を感じると、自分が頑として自分自身を許していないことがわかります。
私は「自分は産まれるべきではなかったのではないか」という罪悪感を潜在的に持ち続けているようです。私は、生後間もない頃から持病があり、若い両親は生死をさ迷ってしまうほどか弱い私を育てるために、体力的にも経済的にも非常に苦労しました。
その結果、夫婦関係や家族関係も悪化し、未だにその影響が残っています。
頭では、両親や家族に起こる問題が全て自分のせいでは無いことは理解しています。
でも、心の底には、ケンカする両親やそれに萎縮する弟妹、家族問題を前に居たたまれない感覚を抱いている自分がまだしっかり残っていて、「産まれなければ良かった」と悔やんでいるのです。
せめて、罪滅ぼしとして、精一杯頑張って期待に応えなければならない。そうしないと、申し訳なくて、居たたまれないのです。
一生懸命やって成果を出すことは、私が産まれて生きている正当性を高める手段でした。でも、最近旦那さんから、しきりに「一生懸命やらない」「期待に応えない」事を勧められます。そういう選択肢もあるのだろうと頭では理解できても、感情としては、まだシャッターガラガラピシャリ!という状態。
未だにその言葉を受け止めきれず、「一生懸命」にしがみついている状況です。
とりあえずは、その「一生懸命」にしがみつかなければ生きられないと感じている自分を見失わず、寄り添っているしかないかなぁと思います。色々な恐怖感や悲しみが浮かび上がるので、ひとつひとつ受け止めて行こうと思います。
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テーマの発表される少し前、とても感情的になることがありました。
その怒りがどこから来るのか探っていたところだったので、タイミングよく
ワークすることが出来ました。
休日に私の予定が入っていることを知っていながら、その日の勤務交代の連絡してくる人がいる。
私は、相手に予定が入っているのを知っていながら、交代をお願いすることはない。
勤務を変わってほしくても、決まっている仕事だから自分は我慢する。聞くこともしない。
相手は、仕事ではなく、自分の都合優先。
それが腹立たしくて、カケラ君は反発し、怒りが収まらなかった。
相手は、カケラ君の気持ち(勤務交代)をきちんと周囲に伝えている。交代できなくても表現している。
私は、カケラ君を無きものとし、行動しなかった。
仕事優先の私は、ずっと正しいと思ってきた。
仕事の交代を頼む相手が間違っているのだ、と。
でも、本当にそうなのだろうか?と初めて自分が「正しい」と思っていることを疑ってみた。
本当に仕事を優先したいのだろうか?
違う。本当は自分のやりたいことを優先したい。
それをしないのは、表現することで、わがままな人、勝手な人だと思われたくないから。
それを避けてきたのだ。
相手をわがままで勝手な人だと思ってきた。
でも、そうじゃない。相手はただ素直に表現しているだけ。
素直に表現しない私に対して、カケラ君が怒っていたのだ。
勤務交代は、都合が悪ければ断ればいいだけの話。
それなのに、なぜ、私は腹立たしい思いをしながら、(毎回ではないけれど)交代してきたのだろう。
仕事だからと、無理やり自分を納得させてきた。
相手が悪いわけではない。
自分が本当にやりたいことを優先してこなかっただけのこと。行動しなかっただけ。
自分が正しいと信じてきた、その設定が違っていたのだと気付く。
相手への怒りの感情も消えた。
今回は、勤務交代をお断りし、自分の予定を優先した。
私も、もっと自分の都合を優先してもいいのだ。
それを自分に許す。
正しいと思い込んでき価値観が自分に差し戻されたことで、
繰り返してきたパターンに向き合うことができました。
まだ、カケラ君の声が途中なので、もう少し聞き続けます。
自分の在り方を方向転換できる切り口でした。ありがとうございました。
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先週、職場で同僚とちょっとした対立がありました。
両方、自分の言い分に正当性があると思っていましたが、それは私とその同僚の間で前提条件の認識にズレがある為でした。
結局私の言い分が正しいとされトラブルはすぐに解決したのですが、同僚の行動は自分の鏡なので
「私はどこの前提条件を間違っているのだろう」と掘り下げて行くことにしました。
そして気がついたのは「私は恋愛を体験出来ていない」というのは間違いだと言うことです。
自分の望む形にまでなっていないと言うだけで、今も恋愛を体験している真っ最中ですし、2人の関係も既に始まっているのです。
それを堰き止めているのは自分で、「ない」と思っているからいつまでもないままだったのでしょう。
「正当性」とはやや違うところに行きましたが、今週気がついたのはここまでになります。
それでは、今回もありがとうございました。
またよろしくお願い致します。
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ワークをして浮上してくる気持ちは
とにかく自分を責めていることと、
認めてもらえなくて泣きつづけてる
という悲しみの気持ちでした。
そうとう根深いです。
悲しくてわかってもらえなくて
怒っています。
怒っている気持ちも悲しみも打ち消してます。
そらしたい目と、
それを迎えに行きたい頭と
受け止めると、悲しみがやってきました。
結局は、受け止めきれない悲しみがまだまだ大きくあると思いました。
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KOU様、先週のヒーリングもありがとうございました!
いつものことですが、KOU様とお母様とのやり取りを読ませて
いただくたびに、似たような体験を思い出し、自分に当てはめ
いろいろ考えてしまいます。別の可能性を考えられるように
なっていけば、きっともっと楽になるんだろうと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
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ずーっと自分の中に悲しい感情があるのが続いていて…逃げられなくて…
ただ昔みたいな訳が分からなくなる事は無く、今までも私の中にあったのに、ほって置かれたものなのだと受け止めています。
“そんな事より、現実を上手く乗り切らなくては”“こうしなきゃ”ではなく
訳が分からなくなるわけでもなく
向き合って 受け止めています。
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まったくテーマどおりになったようでしたが、
今回は天体模様の関係もあったのか、
いささか質が違うようでした。
ありがとうございます。
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振り返ってみて、心の芯の方にある恐怖感、不安、焦り…、これらをまぎらわせるためにやっていること、考えていることが多いなあと思いました。
こだわり、決めつけ、義務として己に課してきたことは本当に必要なのか と思えるような優しい出来事、出会いがいくつもありました。
こうやって感想を書いている今になって、現実の優しさや甘さを受け入れることが出来つつあります。
昨日、あまり駆り立てられずのんびりと一日を過ごすことが出来ました。
休むこと、寛ぐことへの罪悪感が少なくなっていることが素直に嬉しいです。
つくづく、自分の現実は自分でつくっている気がします。
これからのことは分かりませんし、まだまだ残っている恐怖感に振り回されることもあるでしょうが見て見ぬふりはせずに向き合っていきたいと思います。
ありがとうございました!
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今回は、自分の信じた正当性を手放し、別の可能性を受け入れるのがテーマだったので、自分が何かに固執してると気が付いた時にそれを意識しながら自分の選択をみてみるようにしてみました。
忙しくてあまりじっくり出来なかったのですが、自分がどんな価値観に固執してるのか気にしながら日常の生活を送っていると、ちょいちょい自分の中で「普通こうでしょ」「常識的に考えてありえなくない?」「なんでそうなるの?」「なんでちゃんと出来ないの」となるような些細なことが出てきました。
いつもはこういうことに気が付いたら何とかして統合とか浄化を頑張ろうと反射的に意識が動き出すんですが、今回は頑張る前に「あー自分って今迄無意識だったけどそうだったんだ」と思ってたら、こうあるべきに固執してしまう元の感情や気持ちが出てきて、あぁ~これはいつもあったから、これがまっさらな普通の状態だと思ってたけど、実は全然まっさらじゃなくてすごくネガティヴな感情に駆り立てられていたんだなと気づいて、気づいた途端に軽くなりました。
そして、そこからがちょっと怖い話なんですが、自分が何に固執してたのか、なんの感情に囚われて自分を縛っていたのか、全く思い出せないんです。
心の中で何かが軽くなって、変わったような終わったような感覚があって、このことを感想で書こう!と思ったのは覚えているんですが、それがなんだったのか…本当に全く思い出せません。
ずっと浄化統合を自分でやってきて、以前に比べかなり心が軽くなり、どんどん人生が軽くなるにつれ頭も軽くなっているようで、最近は嫌なことがあってもすぐに頭を切り替えて先に進めるのですが、こんなに忘れっぽくなって大丈夫だろうかとは思っていました。
それがまさかこれほどまでに忘れっぽくなっているとは自分でも思ってもいませんでした…!
ちょっとヤバイ気もするんですが、自分が忘れっぽくなればなるほど、実際自分も周りも仕事もプライベートも
スムーズに物事が進んでいるので、なんとも複雑な気がします。
自分が頑張って頭使ったり色々したりしない方が上手くいくって…地味に虚しいです。
なので今回の感想は肝心なところがフワッフワしていますが、ご容赦ください。
以前だったら、そんな失礼なこと絶対許されるわけがない!何やってるんだ自分本当にふざけるなよ!と必死で思い出そうとしたり、最悪思い出せなかったらひたすら謝罪してもう合わせる顔がない!と絶望していたか、それっぽく記憶を捏造して感想を送っていたと思うので、そう考えると自分の中のこうするのが正しいという思いが薄まっているのは確かだなと思いました。
だから、全て忘れてしまったのも、逆にこれで良いのかもしれないと思っています。
今となっては終わったことだからそもそも必要がないし、色々忘れることによって何もなくなってしまったからこそ今に集中しやすくなって、だからこそ色々なことがスムーズにいってるのかもしれないなと思いました。
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いつもありがとうございます。
今回は撃沈という感じでした。
テーマにうってつけのアイテムが1つあったのですが、
感情のエネルギーが強すぎて取り扱いきれず、
結局ふたをして保留にしてしまいました。
具体的には、職場の困った人に対する嫌悪ですが、
自分の正当性から離れてこの問題を見る、
ということが出来ずに過ぎました。
当の人物は、常識がなく、顧客や関係者、
職場スタッフからのクレームの嵐で、
それでも悪びれず、謝らない、手を抜く、
就業時間中にスマホでゲームする、など、
自分とはなんら前提を共有できない人物です。
辞めることは決まっているのですが、引き継ぎもせず、
ボーナスをもらって退職するつもりでいることに対し、
憎しみの感情が湧いていました。
ここまで感情をかき立てられるのは、この現象の中に、
自分が見るべき要素が提示されているからなのでしょうが、
正直なところ、本人がいる間は向き合いたくありませんでした。
インスピレーションとして“無条件の愛”というワードが出てきましたが、
彼女が目の前からいなくなってから、
またワークしてみようと考えています。
どこかの国がミサイルを撃ち込んできて、
「あの国は悪い国だ!」と非難したくなるのと
似た構造のようにも思いました。
正当性というのは相対的なものですものね。
それではありがとうございました。
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第367弾無料遠隔ヒーリングを受けさせて頂き、ありがとうございました。
今回のテーマのブログ内容を読んで、自分にも当てはまる所があるなぁと思い申し込みをさせて頂きました。
実際に何度かワークをしてみたのですが、今自分の中で気がかりな事が、どんどん浮かんできてしまいました。無理矢理切り替えずに、なるべく体感覚に意識を向けるようにしていると、頭や胃の辺りに痛みや重さがあったり、足に不快感や怠さなどを感じました。暫く呼吸を送り、少し変化はあったのですが、そのうちまた眠ってしまい、夢の中でとてもショックな気持ちを味わいました。
今回のテーマとの関連性は良く分からないのですが、現実でもその類の事で大きくショックを受けた経験があるので、とても印象に残りました。目が覚めた時もショックの感覚が残っていて『なんで?!』という気持ちがあり、ふと、その夢の中に出てきた人の視点に入ってみたら、何か気づく事があるかな?と思い、やってみたのですが、イマイチな感じでした。そのうち数年前に実際にあった出来事を思い出し、その頃の風景も出てきたりしたのですが、特に何か気づく事はありませんでした。
今回のテーマに何か関連しているのかは分かりませんが、自分のネックになっている事が浮上してきたので、また意識を向けてみようと思っています。