昨日は「魂の願いを起動する」特別講座
でした。お集まりくださったみなさま、
ありがとうございます。
この講座はこれまでにないくらい
生みの苦しみを味わいましたが、
終わった時のみなさんのお顔を見て、
ホッとすると同時に、やって良かったな~
としみじみ思えました。
内側から溢れる魂の願いのエネルギーを
一度知ったなら、これ以降はこの熱い
エネルギーに導かれて行くでしょう。
講座では、
自分がこの世界に降りてくる前の
純粋な願いのエネルギーを
体感して頂いたり、
ご先祖様たちがこの世界に降りてきた自分を
どんな眼差しで迎えてくれたのか
を感じていきました。
とにかく頭の概念で分かったつもり
になるのではなく、体感を通して
感じていただくことを意図したのですが、
特に、ご先祖様たちが私たちを迎えてくれた
ときの眼差しを体感するワークを誘導したとき、
私自身も涙があふれて止まりませんでした。
自分では、そんなに感情が高ぶっている
感覚は無いのですが、私の身体を通して、
ご先祖様たちの涙が流れたのかな、
と思います。
両親や家との関係があまり良くない方も
いらっしゃると思いますが、
それでも、
この血統を選んで生まれた私たちを
見つめるご先祖様たちの眼差しには、
とても深い愛が流れているものです。
なぜなら、魂のレベルでご先祖様たちは、
私たちがこの世界に降りてくるときに
抱いた強い決意を知っているからだと
思います。
私たちの魂の願いも、
ご先祖様たちの温かな祝福も、
とても神聖なものだと感じました。
他にも、スピリットガイドや守護霊と
コンタクトを取るということも
してみましたが、
前回の特別講座を受けられた方は、
それぞれ、ハイヤーセルフとの違いも
感じられたようです。
実に、私たちはたくさんの存在に守り導かれ、
迎えられて今ここに生きているのですね。
人生で辛いことがあると、とかく私たちは
自分が独りぼっちで荒涼とした世界に
置き去りにされているように感じたり
するものですが、
私たちは、一瞬たりとも
一人であったことはなかったのです。
これだけの存在に見守られながら
日々過ごしていることに気づき、
その眼差しを肌で感じられたなら、
身を切るような孤独や心細さを
感じることはないでしょう。
多くの人は、
自分を守ってくれる存在がいるに違いない、
と頭では理解していても、体感を通して
感じていないから不安になるのです。
実感しなければ、
「自分にとっての真実」
にはなり得ませんものね。
借りてきた概念ではなく、
今この瞬間、何を感じて生きているか、
が人生なのだと思います。
そう考えれば、「感じること」は
人生そのものなのですが、
まるで鼻をつまんで嫌な臭いを嗅がないように
するかのように、感じる感覚を閉ざしている
方も多くあります。
そういう方はエネルギー的に見ると分離して、
ギアが外れて空回りしている車のように
私には感じられます。
どこか存在の響きが空虚で、この世界に
しっかり根付いていない感じがするのです。
感情解放のワークをやってもなかなか
感じられないという方は、
まず自分はこの人生をどう生きたいのかを
根本的に問う必要があるかもしれません。
なぜ感情を解放したいと思うのか、
感情を解放してどんな風に生きたいのか。
自身の魂の願いを生きるとは
どういうことなのか。
今、本当にそれをする準備が
できているのかどうか。
頭の概念でこれらに答えるのではなく、
自身の内から湧き上がる思いを
感じてみて下さい。
ときには恐れや不安、迷いを感じることも
あるでしょう。
そうした気持ちもスルーしないで、
きちんと認識できていることが重要です。
今、ぴたりと心が定まらなくても、
常に問い続け、在り方のひとつひとつを
整えていくことで、何かが定まっていきます。
すると、自分の存在の響きがとてもクリアに
感じられるようになるでしょう。
嘘偽りのある時、私たちの存在の響きは
とても鈍くなり、違和感を感じます。
同じように、自分の中に気づかないような
小さなズレ、真実でないものがある時も、
やはり響きが鈍く、不調和を感じるものです。
この微妙な違和感や響きの鈍さに、
注意深く在りましょう。
こうして小さな違和感や嘘を排除していくと、
魂の願いのバイブレーションにチューニング
されていきます。
自身の真実を生きることは、
宇宙に私たちのクリアなバイブレーションを
響かせることでもあるのです。
愛と調和と美のバイブレーションを
奏でましょう。