昨日は満月の瞑想会でした。
初めての方、とってもお久しぶりの方、常連の方がお集まりくださいました。
当日は台風がどうなるかと多少気になってはいたのですが、
大きな影響もなく、無事みなさまにお集まりいただくことができました。
感謝感謝です。(-人-)
瞑想会の様子は、後日アップさせていただきますね。
さて。私たちは、幸せになりたくて一生懸命頑張っているのに、
どういうわけか、幸せになりそうになると自分からその幸せを壊てしまう
と言う人がいます。
まぁ、誰の中にも多かれ少なかれそういう部分はあると思うのですが、
「幸せになるのが恐い」あるいは「自分にはその価値がない」
とどこかで思っているのですね。
「え~、そんなことないよ。私、絶対幸せになりたいもん!」というあなた、
では、本当に望むようになったとしたら、どんな気持ちになりますか?
「そりゃぁ幸せで毎日ルンルンで、ハッピーでしょ!」
って返事が即座に返ってくることもあるのですが、
そこでさらに私はこう突っ込みます。
「それ、頭で考えてる答えで、身体と気持ちをしっかり感じながら
出した答えじゃないでしょ。もう一度、身体と気持ちを
じっと感じたところから答えてみて。」
すると、ほとんどの人が何かしらこんな感じの答えを返してきます。
「う~ん、毎日ハッピーだけど、何か良くないことが起こって、
突然その幸せが奪われてしまうとか、裏切られるんじゃないかとかいう
不安があるかも。」
うん、そうそう、それなんですよ!
それが恐くて、自分から幸せになることから逃げてるんですね。
きっとこういう方は、魂の旅路のどこかで、実際にそういう体験を
しているんだと思います。
幸せの絶頂で絶望のどん底に突き落とされるくらいなら、
幸せになんてならない方が良い。
そういう選択をしているんですね。
私もそういう過去世を見たことがあります。
江戸時代の町娘として生きていた時に、大好きな人とやっと結ばれ、
所帯を持った矢先、夫が事故で死んでしまうというストーリーを
見たことがありました。
朝、夫を見送ってしばらくした頃に、近所の人が駆け込んできて、
事故のことを知らせてくれたのでした。
その瞬間、全身から血の気が引く感覚とか、まるで夢遊病者のように
現場に向かう感覚、実際に遺体に対面した時の現実感の無さとか、
本当に生々しく感じたものです。
過去世でなくても、ひどくショッキングな体験をしたとき、
私たちの心は凍り付き、文字通り時間を止めてしまうことがあります。
受け止めるにはあまりにも自分のキャパを越えているので、
こんなものを受け止めてしまっては自分が壊れてしまう!と
私たちの中で、自動安全装置が働くんですね。
そうして、いつかちゃんと向き合い、受け止めることができるような
時がやってくるまで、それは封印されるのです。
だから、こうしたものをただの「邪魔なブロック」と呼んで
さっさと解除してしまえばいいというものでもないんですね。
本人の準備が整ったとき、その封印は解かれるべきなのです。
そして、時間を止めた感情のエネルギーがやがて癒され、
自身の内に統合されて行くと、また幸せが壊れて辛い思いをするんじゃないか
という不安や恐れがなくなって、ニュートラルでいられるようになります。
そう、それがつまり「幸せになっても大丈夫な自分」です。
先日から「幸せになる覚悟」について書いてきていますが、
ただ頭だけで気合いを入れれば覚悟ができるかというと、
そうではありません。
何が起こっても、今ここに居て、在るがままに受け止めて生きていく
ことができる自分ができていないと、本当の覚悟ってできないと思うんですね。
覚悟って、そういうものでしょう。
人生って、うまくいくことばかりじゃない。
思い通りに行かないことや、嫌な思いをすることもあります。
そんなとき、自分自身や人生から逃げ出してしまうと、
置いて行かれてしまった心や体はその状況の中で
時間を止めてしまうのです。
(あ、身体も心もそれなりに年を取っていきますが、
感情のエネルギーは身体に残ってしまうという意味です)
身体はここに居て、何かしゃべったりしたりしているけれど、
この人はここに居ない、と感じる方はとても多いです。
というか、ほとんどの方が多かれ少なかれそうでしょう。
そういう方は、今ここに居るのが辛い、と感じています。
けれど、本当はここには居ないんです。
今この瞬間を生きる力は、今ここに居なければ受け取れないので、
必然的にどこか虚ろな感覚になります。
ご本人に伺っても、どこか現実感が無い感覚がずっとあると
おっしゃる方はとても多いですし、傍から見ても、
目に力がないので、見ればすぐに分かります。
本当に生きている実感を持って、この人生を生きていこうと思ったら、
どこかで「今ここ」に戻って来て、受け止められなかったものを受け止める、
というプロセスを通っていくのではないかな、と思います。
よくよく自分と対話しながら、
「幸せになっても大丈夫な自分」を取り戻していきましょう。