どういう流れでそれが起こったのかは忘れてしまったのですが、最近ふと、「自分はもう既に『なりたかった存在』になっていた、というより最初からそうだった」と思えた瞬間がありました。今でもその感覚は続いているのですが、そう思えた瞬間、忙しなく動き回っていた私の周りの時間が、ピタリと止まりました。
正確に言うと、時間の全く違った領域にストンと入ったような感じでした。
『なりたい自分』になるために、私は一体どれだけの時間と労力を傾け続けてきたのでしょう。そして、一時も休むことなく走り続けてきた道のりが、「今ここ」に到達した、というか、ここがそれだとようやく気づいたのでした。
頭では、ずっとその知識はあったしそうだと思ってきたけれど、消化できなかったことが、やっと自分の身体に入ってきたのです。
ずっと「無い」と思っていたけれど、「ある」と認めてみようと思って「あることにしてみた」。すると、本当に「あった」ことに気づいたわけです。
まさに夢から醒めたような感じで、状況は何も変わっていないのに、心はとても穏やかでした。
覚者がよく言うように、悪夢から醒めたのです。そんな悪夢のストーリーなど、最初からなかったのです。
ず~っと不完全な自分、解決しなければならない問題、思うようにならない現実とあ~でもない、こ~でもないと戦ってきましたが、私は既にずっとそうであろうと思い続けてきた完全な自分であり、問題はなく、在るがままの現実を生きる自分でした。
無くて困ると思い込んでいたものが実は既にある、と現実に対する大前提の思い込みを変えてみただけで、本当に現実は変わるのだな、と目からウロコでした。
そのように転換してみると、「無い無い無い無い」という認識のフィルターが外れて、「思いの外、実はあった」し、無いことへの恐怖が薄れて、お金も人も物も素晴らしい経験も、ふんだんにやって来るし受け取れる、受け取っても良い自分、それが当たり前の自分になっていました。
今まで、そういう自分になるためにとてもとても頑張ってきましたが、自分の認識が「無い」ままだったので、思うような現実になっていませんでした。
ここのところ、繰り返し「循環させなさい」と言うメッセージがやって来ていたのですが、出すこと、受け取ることのどちらにも執着しないで気持ち良く循環させる意識に、ようやく切り替えられるようになってきたようです。
究極的に、それは自分でそのように決めればいいだけなのですが、できない時はどうやってもできないものです。
他の人は軽々とできるのに、どうして自分はそうできないのだろう、とずっと悔しい思いもしてきましたが、できない自分から始めるしかないよな、と思って目の前の歩みをコツコツ続けてきました。
そうして、陰極まって陽に転じたのか、ちらほらと自身の現実にこれまで無かったような情報がどんどん入ってくるようになりました。その中には気づきを促す言葉もあれば、具体的なメソッドやアイテム、教えなどもありました。そうしてやっと、いつの間にやらここにたどり着いたというわけです。
もちろん、ここまでの流れの中にも、とても痛い経験もありました。良いことばかりではなかったけれど、どういうわけか、その痛恨の極みの出来事の中に、次の扉につながるエレメントが入っているのです。
最初は何だかよく分からないので、さらっと目を通してしばらく放置しているのですが、その内にその情報が必要なものだと気づいて、戻ってきます。そして今度はより丁寧に手に取ってみると、実はそれがものすごく重要な光だと気づくのです。
さらに、その光をじっくりと味わっていると、痛恨の極みだった出来事が、実は見方を変えればものすごくその時の私には必要で、強制的に循環を起こさせていたのだと分かりました。
出すことを恐れて循環を止め、溜め込んでしまうと入ることもなくなり、やがて腐っていきます。生き生きとしていたいのなら、溜め込んだものをまずは吐き出す必要があります。
けれど、私たちはしばしば、無くなる恐れから吐き出すことに躊躇します。この恐れを乗り越えて、まずは吐き出してしまうところから、転換は起こっていくのですね。
停滞を感じている方は、力強く吐き出した方が、つまりお金などもある程度思い切った額を出した方が、その後の転換の波は大きく力強いものになります。
何も見返りを求めずに、この循環を意識しながらやってごらんになると良いでしょう。
今までやらなかったことをやってみる。これは、運気を変えてシフトしていく秘訣です。
そんなこんなで、「ドン底の運気を反転させる」スピリチュアル特別講座の第2弾ですが、多分今度の日曜までには詳細アップできると思います。
運気反転のアイテムと、意識を変えていくいくつかのワークをご紹介して強力にシフトを促すプログラムになっています。第2弾も楽しみになさっていてくださいね。
それでは、あなたのご参加をお待ちしております。